寒い季節になると恋しくなるのが、ほっと心も体も温まる熱燗です。冷酒のイメージが強い日本酒ですが、温めて飲むのは日本の伝統的な楽しみ方の一つ。しかし、「温度調整が難しそう」「特別な道具が必要なのでは」と、なかなかチャレンジできずにいる方も多いのではないでしょうか。実は、熱燗は思っているよりもずっと手軽に楽しめるもの。今回は気軽に始められる熱燗の魅力と楽しみ方をご紹介します。

文/山内祐治

日本酒の熱燗は温度で味わいが変わる

日本酒のお燗には、伝統的に温度帯ごとに呼び方があり、それぞれ異なる味わいを楽しめます。温度によって人の舌が感じる甘味や旨味、苦味のバランスは変わるもの。溶けたアイスクリームが非常に甘く感じるように、日本酒も温度で表情を変えるのです。

日向燗(ひなたかん)|約30度

ほんのり暖かい程度の温度帯。香りも穏やかで、この温度までなら日本酒の香りを楽しむこともできます。日向に置いておいたような、やさしい温もりが特徴です。

人肌燗(ひとはだかん)|約35〜36度

人の体温に近い温度帯で、非常に飲みやすいのが特徴。旨味が持ち上がり、甘さも感じられ、まろやかな味わいになります。体温に近いため吸収されやすく、口当たりが滑らかです。

ぬる燗|約40度

甘さが見えてくる温度帯。アルコールの揮発が強くなるため、香りのバランスが難しくなってきます。含み香中心で、楽しむようにしましょう。

上燗(じょうかん)|約45度

甘さが落ち着き始め、アルコール感が見えてくる温度帯。少しずつシャープな味わいに変化していきます。

熱燗(あつかん)|約50度

甘さが下がり、苦味や渋味が上がってきます。アルコールのキレも増すため、いわゆる辛口傾向のシャープな方向へ味わいが変わります。

飛び切り燗(とびきりかん)|約55度以上

さらにキレが良くなり、油の強い料理に対してお酒で切るような飲み方ができる温度帯です。

日本酒の熱燗の作り方は電子レンジでも十分

熱燗作りは難しいと思われがちですが、実は家庭でも簡単に作れます。

電子レンジを使った方法

最も手軽なのが電子レンジです。マグカップやカフェオレボウルなど、液体が一箇所に集中している器(くびれていない、背が高すぎない)を使うのがポイント。陶器の片口や四角い取り鉢でも構いません。温まりが一様になり、温度ムラを防げます。

加熱するワット数はあまり高くない方が良いでしょう。急激な温度変化は味わいのムラも出るため、時間をかけて温める方がおすすめです。ただし200ワット程度では弱すぎるので、適度な出力で調整してください。

温めた後、マグカップで飲むのが気になる場合は、徳利に移し替えると雰囲気も出ます。

お湯で温める方法

もう少し丁寧に作りたい場合は、ミルクパンなどでお湯を沸かし、火を止めてから徳利をチャポンとつける方法がおすすめ。60〜80度くらいのお湯で十分で、沸騰させる必要はありません。温まりが柔らかく、まろやかな仕上がりになります。

電気ケトルを使う方法

電気ケトルも活用できます。蓋を開けて一度沸騰させた後、少し水を差して温度調整し、徳利をつける方法です。ただし、ケトル内の清掃管理には注意が必要です。

温度計を使って楽しむ

慣れてきたら温度計を使い、3度ずつ、5度ずつ温度を上げながら味わいの変化を楽しむのも一興です。また、「チロリ」と呼ばれるお酒を温める専用容器を使い、そこから徳利やお猪口に燗酒を移すスタイルも趣があります。

日本酒の熱燗を楽しむ道具選びも楽しみの一つ

お燗酒を楽しむ道具選びは、日本酒を楽しむ醍醐味の一つです。

徳利・片口

お酒を移す器として、徳利や片口があります。陶器製の片口で電子レンジOKのものなら、そのままお燗をつけて注ぐことができて便利です。

お猪口

家庭で気軽に楽しむなら、そば猪口を使うのも一つの方法。慣れてきたら、日本全国のさまざまな焼き物のお猪口を集めるのも楽しみです。

漆器

お燗酒と漆器は非常に相性が良いとされています。ただし、高すぎる温度には注意が必要です。温度が高いと漆の香り移りが気になることもあるかもしれません。ぬる燗程度の温度であれば、漆器ならではの滑らかな口当たりを楽しめます。滑らかなお燗酒を飲みたいときには、ぜひ漆器を試してみてください。

旅先での器選び

旅行先でお酒を買い、その土地の徳利とお猪口を一緒に購入するのもおすすめ。旅の思い出とともに、お酒と器の両方を楽しめます。

日本酒は熱燗と冷酒、どちらが酔いやすいのか

「熱燗と冷酒、どちらが酔いやすいか」という疑問は、多くの方が気になるポイントでしょう。

結論から言えば、顔が赤くなるといった「酔い」の実感としては、熱燗の方が回りやすいと言われます。理由は、体温に近い温度の方が胃や腸でのアルコール吸収が早いとされるため。さらに血行も促進されるため、体全体へのアルコールの行き渡りも早くなります。特に人肌燗程度の温度で入ってくると、すぐに吸収されて体に回るのです。

一方で、吸収が早い分、体感として落ち着くのが早く感じやすい、という特徴があります。もちろん飲み続ければ話は別ですが、比較的早く覚めてくれるのが熱燗です。白湯を飲むとさらに落ち着きやすくなります。

冷酒の場合、体温まで上がるのに時間がかかるため、吸収はゆっくり。そのため酔いの実感が遅れ、つい飲みすぎてしまうことも。結果として、後から酔いが回ってきたり、影響が長く残ったりすることがあります。

どちらを飲む場合も、「和らぎ水」と呼ばれるチェイサーを一緒に飲むことが大切です。悪酔いの防止につながります。冷たい水よりは常温、さらには白湯がおすすめ。お燗酒を飲むなら、あえて白湯を和らぎ水にするのも良いでしょう。

酔いの特性を知った上で、自分のペースで楽しむことが何より重要です。

熱燗にするとアルコールは飛ぶのか

「お燗をつけるとアルコールが飛んで軽くなる」という話を耳にすることがありますが、実際のところはどうなのでしょうか。確かにエタノールは水に比べて沸点が低く(約78度)、温めると揮発気散が始まります。そのため、アルコールの香りが強くなり、飛んでいる「気」になるのです。

しかし、実際にどれだけ飛ぶかというと、50度前後の熱燗の温度帯ではそこまで影響はありません。料理でアルコールを完全に飛ばす際には、沸騰に近い温度で一定時間の加熱が必要です。熱燗の温度では、そこまでの変化は起きないのです。

アルコールが飛んでいるように感じるのは、揮発した香気成分による香りのツンツン感と、ぬるめのお燗の場合は味わいがまろやかになることによるもの。これは、実際のアルコール度数の変化というより、風味と香りの変化によるものと考えた方が正確です。

熱燗の日本酒でおすすめの銘柄と選び方

お燗に向く日本酒は、飲む温度帯によっても変わってきます。

高温のお燗におすすめ

飛び切り燗など高温で飲む場合は、シャープで辛口タイプのお酒が美味しくなります。あえてアルコール添加した本醸造を選ぶのも一つの方法。例えば、菊政宗の「生酛本醸造」などがおすすめです。

生酛・山廃のお酒

生酛や山廃といった製法で造られたお酒は、酸と旨味、コクのバランスが非常に良く、お燗に最適。乳酸が他の造りよりも豊富になりやすく、温められることで丸い旨味と酸味に変わり、さらに映える味わいになります。

熟成酒

少し熟成したお酒もお燗向きです。熟成成分は低温では苦味渋味になりますが、ぬる燗くらいから味わいの膨らみにつながります。山陰地方や滋賀県のお酒にはこうしたタイプが多く、宝探しのように銘柄を試してみるのも楽しいでしょう。

吟醸・大吟醸は注意

吟醸・大吟醸のお酒は、お燗をつける際には注意が必要。ぬるめのお燗なら美味しいものもありますが、高温にすると香気成分とのバランスが崩れてしまうことがあります。ご自身でも、いろんな温度を試してみてください。

個人的なおすすめ

それは「磐城 壽 アカガネ」です。生酛、雄町、熟成酒という、お燗に向くと考えられる要素を兼ね備えたお酒です。栓を開けて、数日置いてからお燗をつけると、さらに美味しくなります。

さらに栓を開けて1日1杯ずつ、あるいは2〜3日に1杯ずつ飲んでいくのもおすすめ。味わいが変化していく過程を楽しめます。保管環境については、冬なら常温で十分。温度変化の少ない戸棚などにしまっておきましょう。

自分の好きな温度帯と、旨味の強さを探していくことで、自分だけの熱燗スタイルが見つかるはずです。

「磐城 壽 アカガネ」(鈴木酒造店長井蔵)

まとめ

熱燗は、一見ハードルが高そうに思えますが、実は電子レンジでも十分に楽しめる手軽な飲み方です。温度によって味わいが変化する奥深さ、道具選びの楽しさ、そして冬の料理との相性の良さなど、魅力がたくさん詰まっています。全国燗酒コンテストなどもあり、注目してみると良いでしょう。

まずは気軽にマグカップでレンジ加熱から始めて、慣れてきたら温度計を使った飲み比べや、お気に入りの器探しへと発展させていく……。そんなステップを楽しめるのも、熱燗の良いところです。

寒いこの季節には、ぜひ一度、温かい日本酒で心も体も温まる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。きっと新しい日本酒の魅力に出合えるはずです。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。

構成/土田貴史

 

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