文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

ベニスビーチはロサンゼルスを代表する観光地のひとつとして知られている。国際空港からも近く、太平洋に面した開放的な街である。個性的なショップやカフェが立ち並び、年間を通して観光客が絶えない。そして、街の至るところに描かれた壁画も魅力のひとつだ。

自然風景を描いたものや政治的なメッセージを発するものなど、壁画にもさまざまな種類があるが、ここベニスビーチでは人物画がとくに興味深い。アーノルド・シュワルツェネッガー、ジム・モリソン、アルベルト・アインシュタインといった人物の肖像画が狭い地域に集中しているのだ。

上に挙げた人物のバックグラウンドはスポーツ、音楽、そして科学と多岐に渡る。一見、とりとめもない組み合わせのような気もする。だからこそ、このベニスビーチがいかに自由で、かつ多様性に富み、異なる文化や思想を受け入れてきたかを示しているように思える。

アーノルド・シュワルツェネッガーの壁画。1899 Speedway, Venice, CA 90291

ベニスビーチはボディビルダーにとっては憧れの地である。その象徴が映画スターであり元カリフォルニア州知事でもあるアーノルド・シュワルツェネッガーだ。

シュワルツェネッガーは1970年代からこの地でトレーニングを積み重ね、ミスター・オリンピアのタイトルを幾度も獲得した。ビーチに面した屋外ジム「マッスルビーチ」では、現在も筋トレに励む人とそれを遠巻きで見学する観光客で賑わっている。シュワルツェネッガーの壁画はそのジムから1本裏通りに入った建物に描かれている。

ジム・モリソンの壁画。1811 Ocean Front Walk, Venice, CA 90291

音楽ファンなら見逃せないのは60年代を象徴する伝説的なロックバンド「ドアーズ」のボーカリスト、ジム・モリソンの壁画であろう。シュワルツェネッガーの壁画から100メートルほどしか離れていない。

フロリダ州出身のモリソンは厳格な海軍士官の家庭で育ったが、ベニスビーチを拠点にして革命的な音楽活動と薬物漬けの日々を送り、27歳のときにパリで死んだ。

モリソンの生涯は1991年公開の映画『ドアーズ』(原題: The Doors)に詳しい。2025年4月に死去した俳優ヴァル・キルマーがモリソンを演じている。

科学者や思想家たちの壁画「Luminaries of Pantheism」。7 S Venice Blvd, Venice, CA 90291

サブカルチャーとはかなり趣を異にする壁画もベニスビーチには存在する。上記2つの壁画から数百メートルしか離れていない建物に、アルベルト・アインシュタイン、ニコラ・テスラ、カール・セーガン、ラルフ・ワルド・エマーソン、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー、さらにはペルシャの詩人ルーミーなど、思想と科学を象徴する人物群を描いた「Luminaries of Pantheism」である。

ベニスビーチ観光の中心、オーシャンフロント・ウォーク。

ベニスビーチに点在する壁画は人物画に限らない。波をかたどった抽象画や、自然のモチーフを強調したものも少なくない。

これらの壁画はいずれもベニスビーチの中心に位置し、すべて徒歩圏内だ。散策を楽しみながら見て回ることができる。地図アプリで「Venice Beach murals」と検索するとよいだろう。

ベニスビーチへはロサンゼルス国際空港(LAX)からは車でおよそ20分、ダウンタウン・ロサンゼルスからはおよそ40分を要する。公共交通を利用する場合、「Lincoln Blvd / Venice Blvd」でバスを降車するのが一般的な方法である。

ところで、ベニスビーチに限らず、アメリカ西部は他地域に比べて壁画が多い土地柄だ。ごく最近の例では、ロサンゼルスのリトルトーキョーに大谷翔平選手の巨大壁画が登場し、新たな観光名所となっていることは記憶に新しい。

ニューヨークやボストンなど、伝統ある東部地方の都市は煉瓦造りや石造りの外壁が一般的であり、大規模な絵画を描くことには適していない。降雨量が多く、冬季は寒さが厳しい気象条件も壁画の保存を難しくしている要因である。

これに対し、西部の都市は比較的新しい建築物が多く、コンクリートを用いた広い外壁はアーティストにとって格好のキャンバスとなった。温暖かつ乾燥した気候条件も壁画の保存に適している。

アメリカ西部はかつてメキシコ領であったという歴史的要因も見逃せない。メキシコでは20世紀初頭から「ムラリスモ」と呼ばれる公共壁画運動が広がり、その伝統は国境を越えてアメリカ西部、とりわけラテン系移民の多いロサンゼルスなどの都市に受け継がれたのである。

リトルトーキョーの大谷翔平壁画。

さらに言えば、ロサンゼルスの街角には落書きも多い。正直なところ、筆者には壁画(mural)と落書き(graffiti)の明確な区別はつかない。壁画は地域コミュニティーや建物オーナーの依頼または承認を経て合法的に描かれることに対して、落書きは無断で描かれているのではないかと想像するくらいだ。

壁画であれ、落書きであれ、観光客がその絵画の前に足を止め、ときには写真を撮り、SNSなどを通じて発信することを考えれば、それはもはや文化的遺産である。少なくとも観光資源であると言えなくはないだろうか。

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
12月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店