文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
ロサンゼルス国際空港のすぐ近くを通る高速道路405号線を南に向かって40分ほど車を走らせると米国西海岸最大のショッピング・モールといわれるサウス・コースト・プラザが見えてくる。周辺はホテル、コンサートホール、オフィスビルなどに囲まれた都会である。その一角にカリフォルニア・シナリオと呼ばれる広場がある。通称はノグチ・ガーデン。世界的に有名な彫刻家でもあり造園家でもあったイサム・ノグチ(日本名:野口勇)のデザインによるものだ。
カリフォルニアの自然を表現したこの広場は一般に公開されており、誰でも自由に入ることができる。
野口米次郎とレオニー・ギルモア
野口勇は1904年にロサンゼルスで生まれた。父親は日本人詩人の野口米次郎で、母親はアイルランド系アメリカ人のレオニー・ギルモアである。
ドウス昌代著『イサム・ノグチ―宿命の越境者』(2000年)は米次郎とレオニーの出会いから始まり、野口勇の波瀾に富んだ生涯をその死に至るまでを日本語と英語の膨大な資料を駆使して克明に描いた作品だ。同年の講談社ノンフィクション賞に選ばれている。
筆者はこの本を一読して非常に奇妙な印象を受けた。評伝であるのに、その対象人物に対して著者がまったく共感していないように感じられたからである。野口勇からは偉大な芸術家というよりは我儘で自分勝手な人物のイメージが浮かんできたし、父親の米次郎はさらにそうだった。
同書によると、米次郎とレオニーはニューヨークで出会った。英語での小説を出版する希望を持っていた米次郎がレオニーに文章の添削を頼んだことがきっかけだった。そしてどうやら米次郎はそのためだけにレオニーの愛情を利用し続けようとしたらしい。
勇が生まれたときにこの両親は正式に結婚していたわけではなかった。それどころか米次郎は日本で別の女性と家庭を持っていた。勇は3歳のときにレオニーに連れられて来日し、14歳で単身再渡米するまで日本で暮らした。
この奇妙な家族の姿をレオニーの立場から描いたのが2010年公開の映画『レオニー』である。この作品の米次郎も徹底的に身勝手なろくでもない男性としての役回りだ。演じた中村獅童が気の毒に思えるほどだった。
相克するアイデンティティー
ドウスが本のタイトルでそう呼んだように、野口勇は二重三重の意味で越境者だった。まずアジア人の父と白人の母との間で生まれたハーフであり、同時にロサンゼルスで生まれた日系アメリカ人でもあった。
日本で初等教育を受けるが、高校からはアメリカに戻っている。第2次大戦中は敵性外国人であるとして日系人収容所に拘留されたが、白人とのハーフであったことから日本人社会からも敵視されていた。戦後も日本とアメリカの間を行き来し、女優の山口淑子と結婚していた時期もある。
レオニーは芸術には国境がないと勇に言い聞かせた。勇は母親が願った通りの道を歩み、世界的な名声を手に入れた。「ミケランジェロの再来」との評価さえある。それでも日米どちらのコミュニティーにとってもアウトサイダーであり続けた人生を本人がどう感じていたかは分からない。
現在の我々はそんな勇が残した数々の作品を日本でもアメリカでも様々な場所で見ることができる。ノグチ・ガーデンはそのほんの一例に過ぎない。
「カルフォルニア・シナリオ(通称ノグチ・ガーデン)」
住所:611 Anton Blvd, Costa Mesa, CA 92626
文・角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。