気軽に楽しむのにちょうどいい一本はどこにあるのか。気候変動や価格高騰など、新時代を生きるワイン愛飲者のためのデイリーワインの手引きです。

山梨・北杜市「紫藝醸造」では、日本の食事によく合う、穏やかで優しい旨味のワインを醸造、人気を博している。撮影/鈴木泰介

これさえ読めば、ワインはもう中級者!

ワインを取り巻く状況が大きく変化する中、日々のワイン選びの新たなセオリーとは何か。ワインスペシャリストの渡辺順子さんが解説します。

教える人・文  渡辺順子さん

ニューヨークのオークション会社「クリスティーズ」のワイン部門にて、10年以上にわたり、ワインスペシャリストとして活躍。著書に『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』『「家飲み」で身につける 語れるワイン』など。普段飲むのはナチュラルワインで、マルセル・ラピエール「モルゴン」、コノスル「グランレゼルバ」。好きなつまみは、お刺身と野菜料理。

1.銘醸地フランス、デイリーワインの新地図とは

ローヌ、アルザス、シャンパーニュ、ロワール、ボルドー、そしてブルゴーニュ──。言わずと知れたフランスのワイン銘醸地だが、実は、そっくりそのまま、カエサル率いるローマ軍の進路に重なる。紀元前58年〜前51年のガリア遠征時、フランスに攻め入ったローマ軍は、地域の経済的安定を図るために、ぶどう栽培とワイン醸造の技術を地元住民に広めながら侵攻。かくしてフランスの、世界一のワイン大国への道は拓けた。

しかし、そんな伝統の銘醸地も、いまは気候変動とパンデミック以降の世界経済のアップダウンに翻弄されている。ボルドーで格式を誇るシャトーも軽めの赤などをリリースして若い世代にアピール。他に、気軽に楽しめる産地としては、ナチュラルワインの聖地・ロワール地方、コストパフォーマンスのよいラングドック地方などが人気だ。

一方、ブルゴーニュは希少価値が加速度的に上昇中。2018年には「ロマネ・コンティ」が1本55万8000ドル(当時のレートで約6300万円)で世界最高落札額を記録した。ブルゴーニュ全体でも、’24年のオークションで前年比+41%に。最も格付けが低いテーブルワインでさえ、庶民には高嶺の花になりつつある。

2.まさかのイギリスも? 世界が注目する新ワイン産地

ワインの新興国といえば、アメリカ、チリ、ニュージーランド、オーストラリアなどが有名。だが、最近では、意外にも冷涼な気候で古樹が残る南アフリカ、社会主義体制から脱却した冷涼地域であるスロバキアやチェコなどの旧東欧地域、独裁政権から脱却したポルトガルなども人気。中でもジョージアは、約8000年のワイン造りの歴史を誇る発祥の地として、2000年前後から熱い注目の的に。素焼きの甕を使って醸される「オレンジワイン」は世界中のワインファンを魅了した。

また、「第二のシャンパーニュ」として注目されているのがイギリス。気候変動の影響でイギリス南部はシャンパーニュに近い環境となり、高品質なスパークリングの生産がスタート。シャンパンと同じ製法で繊細なミネラル感を引き出しながら低価格、高品質を実現。

さらに、アルゼンチン、日本も注目の新興国。特に北海道は気候変動の影響によりぶどう栽培に適した地となった。繊細な味わいと酸味は「日本のブルゴーニュ」と称されるほどだ。南米の最南端に位置するパタゴニアの冷涼でユニークな環境も、高い将来性をもつ産地として注目されている。

3.その数493場! 急成長する日本ワイン

2018年、「日本ワイン」と名乗ることができるのは「国産ぶどう100%使用、国内醸造」のみと法的に定義され、消費者の信頼がアップ。ぶどうジュースみたいと揶揄された長い不遇時代を経て、いまや、世界的ワイン評論家のロビンソン女史やロバート・パーカーJr.氏、イギリスのワイン雑誌『デキャンタ』などが「繊細な味わい、丁寧な醸造、食との好相性」を高く評価。いくつかの銘柄は、生産本数がごく限られることもあり、カルト的な人気を呼んで入手困難な状況が続いている。

ワイナリー数も493場と過去10年で倍増。日本最大産地の山梨県勝沼・甲府周辺、個人ワイナリーが林立する長野県「信州千曲川ワインバレー」、ヨーロッパ品種の栽培にも適している北海道の空知地方、余市、函館などが特に評判が高い。全国で唯一ワイナリーが存在しない佐賀県でも、女性醸造家によるワイナリー設立が進行中だ。こうした新世代の小規模ワイナリーの多くは、先進的な技術と自然との共生を両立させたナチュラルワインを醸造。日本ワインは着実に進化を遂げている。

4.白、オレンジ、ロゼ、赤…… ワインはよりカラフルに

この10年で世界的なロゼブームが巻き起こり、特に南仏、プロヴァンス・スタイルの辛口ロゼは、2010〜’20年で売り上げ963%増を記録。アメリカのワイン市場では、’10〜’16年の短期間で1000%以上の輸入増加が報告された。輝くピンクの色合いでSNSで映えることに加え、格式にとらわれず自由に楽しめる点も幅広い世代に支持された要因だ。

一方、ナチュラルワインの潮流では、ジョージアの伝統醸造法で造る「オレンジワイン」が復活。白ぶどうの果皮や種を果汁に浸漬する、赤ワインのような「マセラシオン」(醸し)をすることで、色素や渋みを抽出している。2000年代前後に、イタリア・フリウリの生産者たちが再注目したことで、いまでは世界中に浸透、古くて新しいワインのカテゴリーが誕生した。パリをはじめ欧米のスーパーやワインショップの棚には、従来の赤と白に加え、ロゼやオレンジがカラフルに並んでいる。

5.「ナチュラルワイン」が人気な理由

ナチュラルワインは、1990年代後半にフランス・パリのビストロを中心に広がり、世界的なムーブへと動き出した。日本では「自然派ワイン」ともいわれ、若い世代では、フランス語の「ヴァン・ナチュール」を省略して「ナチュール」と呼ぶことも。ポップなラベルが印象的なボトルも多いが、その本質は、ワイン本来の姿への原点回帰にある。農薬や肥料を極力使わない畑でぶどうを育て、添加物を入れない自然に寄り添った醸造をし、ぶどうと造り手の力だけで造る。そのため、シンプルで奥深く生命力溢れる味わいとなる。

世界的にワインの消費量が落ちる中、ナチュラルワインだけは人気も消費も上昇。ミレニアム世代や高所得者層を中心に、今後も支持拡大が予測されている。和食、中華、エスニックにも相性がよく、体にも優しいので、デイリーワインとしても優秀。

6.第三のスパークリングワイン「ペティアン」とは何か

世界のスパークリングワインの市場は、2024年に約416億ドル(約6兆94億円)に達し、生産量は約25億本を記録。今後も年平均成長率7.5%増が見込まれ、世界的にますます大きな市場になる予想。そうした中、急浮上しているのが微発泡酒「ペティアン」だ。’22年には、アメリカの経済誌『フォーブス』がその人気を伝える記事を掲載。新しいスタイルのワインとして、急速に普及している。

ペティアンとは、フランス語で「微発泡」のこと。一般的なスパークリングワインの製法とは異なり、一次発酵の途中で瓶詰めして発酵を行なうので、瓶内に微量のガスが残り、これが微発泡となる。補糖(発酵を促すために砂糖を添加)なし、野生酵母で発酵させるナチュラルな造りのものは、「ペットナット」(ペティアン・ナチュレルの略)とも呼ばれる。アルコール度数が低く、発泡が穏やか、さらに澱引きしていないのでどぶろくのような濁りがある。果実味豊かで、造り手の感性をそのまま反映させたような素朴な滋味深さが魅力だ。

7.実は、ワインは抜栓後3日目が一番おいしい?

「好きなシャンパンは?」と聞かれたフランスの女優、ジャンヌ・モローはこう答えた「恋人との夜が明けて残ったシャンパン。それを翌朝一人で飲むシャンパンよ」。シャンパンはその場で飲み切るもの──そんな固定観念がほどけるような美しくも自由な発想だが、実際、ワインは時間が経つほどおいしくなるものが多い。空気に触れることで香りや味が開くため、抜栓後3日経ってから、思いもよらぬノーブルな香りが出てきて驚いた、なんていうことも。

実は、著者も、夫とふたりの晩酌では料理や気分に合わせて、赤や白など数本のワインを抜栓することもしばしば。そうしたワインは、数日かけてゆっくりと飲み干す。泡好きの夫が開けたスペインのカヴァが飲みきれず、数日後に炭酸で割ったり、氷を入れてカクテル風で飲むことも。「抜栓したらその日のうちに飲まなければ」。そんな“呪い”から自由になれば、ワインがもっと楽しく、身近になる。

知っておきたい、ぶどう10品種

カベルネ・ソーヴィニヨン 赤

フルボディの長熟タイプ。タンニンが豊富でしっかりした味わい。フランスのボルドー、アメリカのカリフォルニア・ナパ、イタリア・トスカーナの「スーパータスカン」などが有名。

ピノ・ノワール 赤

フランス・ブルゴーニュが原産、繊細でエレガントな高級品種。「ロマネ・コンティ」に使われる。日本の北海道やニュージーランドも有名。

メルロー 赤

プラムやチョコレートの風味を持つ、柔らかくまろやかなミディアムボディ。フランスのボルドーの世界最高峰ワイン「ペトリュス」と「ルパン」もこの品種。

ガメイ 赤

ボージョレ・ヌーボーでお馴染みの軽快な赤ワイン。近年では特にナチュラルワインの造り手から高く評価され、人気が再燃している。

マスカット・ベーリーA 赤

日本を代表する赤ぶどう。甘いキャンディ香があり、安ワインのイメージが強かったが、ナチュラルな造り手たちがよりエレガントな新しい魅力を引き出して、再評価が高まっている。

シャルドネ 白

白ワインの王様。ブルゴーニュなどの冷涼地域ではミネラルと酸が豊かな辛口ワインに、日射量の多いカリフォルニアなどではトロピカルフルーツのような香りのふくよかなワインになる。

ソーヴィニヨン・ブラン 白

シャープな酸味と、ハーブや柑橘のような溌剌とした香りで人気。「猫のおしっこ」といわれる独特の香気成分も。フランス・ロワール地方のサンセールやプイィ=フュメが有名。

リースリング 白

ドイツや隣接するフランスのアルザス地方が有名。白い花や蜜のような甘さと豊富な酸があり、それらが重なった味わいは唯一無二。辛口から甘口までスタイルは様々。

ミュスカ 白

非常に香りの強いアロマティックで華やかな品種。イタリア・ピエモンテの甘口・微発泡ワイン「モスカート・ダスティ」などが有名だが、ナチュラルワインでもよく使われる。

甲州 白

日本の伝統品種、果皮が灰色がかったグリぶどう。穏やかな酸とほのかな苦みと渋みが特徴で、オレンジワインにも最適。和食によく合う。

サライ9月号特集は『旨くて手ごろな「ワイン」』

 

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