外国語から借用して日本語として使われるようになった外来語には、本来の意味とはまったく異なる、時には正反対の意味で使われているものがあります。今日は、そんな言葉のひとつ、英語と日本語では意味が異なる「ナイーブ」をご紹介します。

目次
“You are naive.” とは?
“naive”の語源
『無垢と経験の歌』 ウィリアム・ブレイク
最後に
“You are naive.” とは?
日本語で「ナイーブ」というと、多くの場合、「純粋で傷つきやすい」「繊細な人」を表現するときに使われます。けれど、英語の “naive” は、「世間知らず」「未熟」「騙されやすい」「考えが甘い」といった、ネガティブなニュアンスを持っています。
このため、 “You are naive.” (あなたはナイーブですね。)の意味は、「あなたは、未熟ですね。」となり、通常、あまり褒め言葉としては使われません。
たとえば、
1. “Don’t be so naive.”
(そんなに甘く考えないで。)
2. “He was naive to believe that she’d stay with him.”
(彼女と一緒にいられると信じていたなんて、彼は世間知らずだね。)
3. “That’s a bit naive, don’t you think? Things are usually more complicated than they seem.”
(それはちょっと甘い考えだと思わない? 思っているよりものごとは複雑だよ。)
『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)には、
【形容詞】
『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)
1. ((ほめて))純粋な,無邪気な,純真な,うぶな.
1a ((けなして))単純[未熟]な,世間知らずの,甘い.
2. 《美術》素朴な,ナイーブ(派)の.
━━[名詞]
うぶな人;無経験な人.
と書かれています。

“naive”の語源
“naive”という言葉のルーツをたどると、ラテン語の “nativus” に行き着きます。“nativus” は「生まれつきの」「自然な」という意味を持ち、人が生まれながらにして備えている特性や性質を表す言葉でした。この語はやがて、英語の “naive”や “native”(ネイティブ。自然のままの、その土地に根ざした、母語の)などの語源になります。
17〜18世紀くらいまで、英語の “naive”という言葉は本来、「自然体の存在」や「飾り気のない心」といった、むしろ肯定的で温かみのある意味合いを持っていました。
しかし、時代の流れとともにその意味は徐々に変化していきます。やがて “naive” は、世間の複雑さを知らずにものごとを信じてしまう人、経験不足で未熟な、騙されやすい人を表す言葉として使われるようになりました。
『無垢と経験の歌』 ウィリアム・ブレイク
イギリス・ロマン派を切り拓いた詩人、ウィリアム・ブレイク(1757〜1827)は、詩人であると同時に優れた版画家でもありました。彼の作品は、詩と絵が一体となって、独自の世界観を豊かに語りかけてきます。
彼の代表作のひとつである『無垢と経験の歌( “Songs of Innocence and of Experience”)』は、もともと『無垢の歌』と『経験の歌』という、2つの独立した詩集として制作されました。『無垢の歌』は1789年に、続いて『経験の歌』は1793年に作られ、翌1794年にはこの2冊が一つにまとめられ、現在のかたちで出版されました。
この詩集には、「人の魂に宿る、2つの反対の状態をうつし出す(“Shewing the Two Contrary States of the Human Soul”)」という副題が添えられています。『無垢の歌』では、純真無垢な心や希望に満ちた世界が描かれ、一方『経験の歌』では、人が生きるなかで避けることのできない苦しみや悲しみが表現されています。
ここでは『無垢の歌』に収められた詩のひとつ、『喜びという名の幼な子(“Infant Joy”)』をご紹介します。
『喜びという名の幼な子』 ウィリアム・ブレイク
「わたしには名前がありません
まだ生まれて、2日しかたってないから」
「なんて呼べばいいの?」
「わたしは幸せです
『喜び』がなまえです」すてきな喜びが あなたに訪れますように
かわいい 『喜び』
生まれてまだ2日目の 愛しい 『喜び』
あなたを すてきな『喜び』と呼びましょう
あなたがほほえみ
わたしは歌うすてきな喜びが あなたに訪れますように
Infant Joy By William Blake
I have no name
I am but two days old.
What shall I call thee?
I happy am
Joy is my name,
Sweet joy befall thee!Pretty joy!
出典: Songs of Innocence and Experience: Shewing the Two Contrary States of the Human Soul, William Blake著 (Oxford Paperbacks 1977刊)
Sweet joy but two days old,
Sweet joy I call thee;
Thou dost smile.
I sing the while
Sweet joy befall thee.
この詩には、生まれたばかりの赤ん坊と、その子を見つめる語り手である、おそらく母親との対話が描かれています。赤ん坊はまだ名前を持たない存在ですが、自らを「喜び(“Joy”)」と名乗り、生命そのものが喜びであり祝福であることを私たちに伝えています。

最後に
英語の “naive” という言葉には、「未熟」「世間知らず」「騙されやすい」といった否定的な響きが込められていることが多いようです。けれども、「未熟」には、しなやかで、やわらかな力強さが宿っているようにも思います。
人生を重ねて得られる深い経験と、無垢なままであることの力強さ。その両方を内に抱えているところに、人間の奥深さと面白さがあるのかもしれません。
次回もお楽しみに。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
