
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第16回では、前週、謎の死を遂げた将軍世子徳川家基(演・奥智哉)の死因をめぐる探索から始まりました。
編集者A(以下A):田沼意次(演・渡辺謙)が誂(あつら)えた手袋に毒が仕込まれていた――という設定でした。どうも田沼の仕業にするという陰謀が仕組まれたという流れのようです。これまでも家基が爪を噛む場面が幾度か登場していましたが、その癖が狙われた形になります。同じく爪を噛む癖が有名だったのが、初代将軍徳川家康。家基は家康の孫の孫の孫(昆孫)で、「家康七世」なのですが「先祖の癖」を受け継いでいることを巧妙に入れ込んできたという印象です。
I:6代後の子孫に癖が遺伝するのか、という根源的な問題はさておき、歴史好きの琴線をくすぐる設定ですよね。
A:大河ドラマの家康では、『どうする家康』(2023年)、『真田丸』(2016年)でも家康が爪を噛む場面が登場していますが、その頻度がもっとも多かったのは『葵 徳川三代』(2000年)ではないでしょうか。この時は津川雅彦さんが家康を演じています。
I:手袋の行方を捜すくだりも、ミステリー仕立てでスリリングでした。家基の死の真相が闇の中という状況を逆手にとった演出でした。
平賀源内を熱演した安田顕さん

I:さて、今週のトピックスは、平賀源内の死が、「江戸城の政局と連動した事件」として描かれたことではないでしょうか。1)意次が家基の死の真相を源内に探索させる。2)源内は手袋に毒が仕込まれていたのではないかという疑惑を掴む。3)陰謀の黒幕にとって、源内も消さねばならぬ人間になった――という流れになりました。
A:史実でも、真相は混然としています。家基の死は安永8年2月24日(1779年4月10日)、源内の死は安永8年12月18日(1780年1月24日)ということになります。
I:いずれにしても、意次の命を受けて家基の死の真相を探索した源内ですが、せっかく源内が掴んだ「手袋」の「真相」があいまいなままになっていることに、源内はいら立ちを隠しませんでした。意次は源内に「家基の死の真相を探索させた謝礼として数十両」手渡しますが、その額が少ない、というより金で幕引きしようとする意次に反発して、源内は「俺の口に戸は立てられない」と憤然として座をたちます。
A:前週に、杉田玄白(演・山中聡)が登場して、源内は玄白の「師筋」にあたることにも触れられました。そして劇中では触れられていませんが、戯作の弟子筋も源内脚本の芝居よりも評判をとっていたということもあるようです。「エレキテルがインチキ」という風評も立ち、人生にやりきれない思いを抱えていた時期ではあります。
I:このころ神山検校の屋敷だった場所に住んでいたのも事実のようですね。検校宅ということで、かなり大きな屋敷だったと思われます。そうした中で事件が勃発します。
A:源内の死に関しても諸説あるのですが、旗本の用人だという丈右衛門、大工の久五郎という名は、「源内の死を記す」史資料に出てくる人名ではあります。「屋敷の普請」「かかりが3分の1ですむ」などのキーワードもそうです。史資料では、「源内が彼らを斬った」ということになっているのですが、劇中では、「源内ははめられた」ということになっているところがミソです。
I:諸説あるということで、ミステリー仕立てに物語は展開されました。家基の死から続くミステリー。しかも伝来する史資料を絶妙に駆使している。まったくのフィクションで展開していないところが凄いですよね。
A:さて、劇中では、意次が源内の著書のひとつである『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』を手にとる場面が差し込まれました。国文学研究資料館のサイトに掲示されているページ(https://www.nijl.ac.jp/koten/kokubun1000/1000xie.html)は、「白糖を作る法」。意次の殖産政策のひとつである「砂糖の国産化」に関連するものです。
I:意次と源内の結びつきが強かったことを強調する場面ですね。高松藩藩士だったとはいえ、江戸での源内は士分ではありません。本来、幕閣の田沼意次と親しく交際することはあり得ないのですが、ふたりが昵懇の関係だったのは史実。
A:それが田沼時代の「自由」を表現する流れになっていますね。
I:劇中では、源内が、「幻聴」のようなものに苦悩する様子も描かれました。脚本の妙というか、違和感なく受け入れられるぎりぎりの線で、「いや、確かにそうかもしれないですね」と思わされる流れになっていて、しかもぐいぐいひきつけられる。
A:久しぶりにこの表現をつかいますが、まさに「神回」となりました!
【陰謀の黒幕は一橋治済!? 次ページに続きます】
