「源内牢死」の向こう側にあるもうひとつの物語
I:さて、源内が獄中死したという知らせが飛び込んできます。獄から亡骸が引き渡されないということで、蔦重(演・横浜流星)が獄吏の中に源内ファンがいて密かに逃がしたのではないかという興味深いことをいっていました。
A:あ、この箇所ですが、なかなかに深い深い場面なんです。実は、田沼意次の領地・遠州相良(現・静岡県牧之原市)には、平賀源内の墓が存在するのです。昨年の秋、『初めての大河ドラマ~蔦重栄華乃夢噺~歴史おもしろBOOK』の取材で、田沼意次を演じる渡辺謙さんにインタビューをしました。渡辺さんは、意次の領地の城である相良城が意次失脚後に根こそぎ破却されたということを話してくれました(同書11ページ)。私はインタビューの翌週に静岡県牧之原市を訪れ、牧之原市史料館の長谷川倫和さんに意次についてお話を聞きました。その取材の成果は同書に6ページにわたって掲載しているのですが、源内の墓については触れていません。地元の伝承では、源内は田沼意次に匿われて、密かに領内に隠棲していたそうです。市内の浄心寺には「平賀源内墓」と伝えられる墓がひっそりと佇んでいます。『凧あげの歴史 平賀源内と相良凧』という地元の郷土史家の方が書かれた書籍には、源内の「相良隠棲説」もまとめられています。
I:森下佳子さんの脚本の絶妙なところだと思います。劇中の意次と源内、蔦重の関係性の中に、「実は、人知れず意次によって相良領内に匿われて」いたとなれば、蔦重が意次に発した「忘八!」という言葉も「受け取り方」が違ってきますね。
A:つまり、表の設定のほかに「裏設定」があるという解釈ですね。表設定も面白い。裏設定も興味深い。一場面でいろいろな解釈ができて、表設定の向こう側にあるもうひとつの物語に思いを馳せる。なんかすごい!
I:なるほど。
A:昨年秋の取材の際にも「源内の墓前」に立ちましたが、「源内は生きていたに違いない」いや「生きていてほしかった」と感じました。『べらぼう』で展開される「意次と源内、蔦重の物語」の向こう側には、もうひとつの物語がありますよ――。それでいいんだと思います。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
