文・絵/牧野良幸

映画監督の長谷川和彦さんが2026年1月31日に亡くなられた。
長谷川監督の作品というと『太陽を盗んだ男』が思い出深い。1979年(昭和54年)に公開された映画で、高校の理科教師が原爆を製造し、政府を脅迫するという突飛なストーリーが話題を呼んだ。
映画公開時に大学4年生だった僕もよく覚えている。あの時の話題の大きさから、この映画はメインストリームの「面白すぎる日本映画」だと思うのだが、長い間カルト映画として人気が高かったらしい。
話題になったのはストーリーだけではない。主演が歌手の沢田研二だったことも大いに話題となった。GS時代はタイガースのジュリーとして、ソロになってからも「勝手にしやがれ」のヒットなどで絶大な人気を誇っていた沢田研二が、よりによって原爆をつくって政府を恐喝する過激犯を演じたのだから世間は驚いた。
沢田研二が演じたのは高校の理科教師、城戸である。
城戸は教師なのに遅刻する。授業では自分の好きなことしか教えない。ホームルームが崩壊していても気にしない。試験は問題の最後に解答も載せて、生徒に自分で答え合わせをさせるなど、無気力な教師である。あの頃流行った学園ドラマの熱血教師とは正反対。およそ教師らしくない教師だ。しかしアンチヒーローもまたあの頃に流行ったのである。
ということで城戸の役は、ショーケン(萩原健一)や松田優作が演じてもいいかも、という考えが僕と同じ世代の方なら浮かぶだろう。ショーケンなら『傷だらけの天使』の木暮修、松田優作なら『家族ゲーム』の家庭教師役をイメージするとしっくりくる。
しかし物語が進むうちに、城戸役は沢田研二でなくては、と思うのである。虚無的で狂気じみた城戸を、GS時代の貴公子のイメージが残る沢田研二が演じる振り幅は大きい。「ジュリーがこんな男を演じられるなんて」と観客の衝撃も大きかったと思う。
城戸は学校ではグータラ教師をやりつつ、アパートに器具を装備して原爆の製造を始める。城戸はルパン三世みたいに原子力発電所に侵入し、プルトニウムを盗み出す。およそ現実離れしている話だが、そこは映画だから。
そしてついに原爆製造を成功させた。もちろん原爆を作るという行為自体があってはならないことだが、城戸の孤独な作業が映画前半の見せ場である。孤独というところがキモで、僕が監督なら、ここで城戸に好意を寄せている同僚の女性教師をヒロインとして登場させるだろう(当然彼女は事件に巻き込まれる)。
しかしこの映画にはそんな女性教師は登場しない。女性教師だけでなく、学校でグータラなことをやっている城戸を注意する教師さえ登場しない。城戸の視界に出てくるのはワアワア騒ぐ生徒たちだけである。
映画の冒頭こそバス・ハイジャック事件などが起こるが、長谷川監督が映画の前半で描いたのは、原爆を製造する男の孤独な毎日だ。僕が初めてこの映画を見た時に、いちばん印象的だったのもそこだった。そんなところもカルト映画として人気になった一因かもしれない。
映画の前半が、城戸にフォーカスをあてた展開とするなら、後半はアクション映画となる。城戸を追う山下警部(菅原文太)。そしてここでようやくヒロインが登場する。DJの「ゼロ」(池上季実子)である。もちろんアクションとなれば、二枚目としての沢田研二も十分に映し出される。
原爆を持った城戸は、政府を相手に脅迫をする。山下警部に電話をかけると、
「今やっているテレビのナイター〈巨人対大洋戦〉、これを最後まで見せて」
とふざけた調子で言う。しかし山下警部は冷静だ。
「しかし、それはテレビ局が決めることでなあ……」
「うるせぇ! ガタガタ言わず俺の言うとおりにすりゃいいんだ!」
2026年の今、若い方はこの脅迫にピンとこないかもしれない。当時プロ野球中継はテレビとラジオで放送されていたが、テレビは最後まで放送しなかった。いつもいいところで終わるので、誰もがフラストレーションを溜めていたのだ。
もしドジャースの大谷選手の試合中継が毎回途中で(それもいいところで)終っていたら、視聴者はどう思うだろうか。それを考えてもらうと、当時の野球ファンの気持ちも分かってもらえるかと思う。実際、映画公開時はこの突飛な脅迫も話題となった。
ナイター中継はどうなったか。「それでは、さようなら」とアナウンサーがいつものように言って終わろうとしたところ、放送が突如また始まった。城戸の要求が通ったのである。
続いて城戸が出した要求は「ローリング・ストーンズを来日させろ」というもの。これもまた映画公開時に話題になった。
こちらも当時の世情を知っていないと分かりにくいので説明しておくと、ストーンズは1973年に初来日が予定されていたが、薬物問題で中止となり、ファンは大いに落胆したのだった。
以後、70年代には数多くの海外アーティストが来日したが、ストーンズは無理だろうなあ、という雰囲気が常にあったのだ。なので「ストーンズを来日させろ」という要求は、山下警部以上に若い観客の胸に突き刺さったと思う。日本映画にポップカルチャーのネタを入れたことも新鮮で、長谷川監督が新しい世代の監督という印象を持った。
映画に戻ろう。もちろん城戸はいつまでもふざけているつもりはなかった。ついに現金の要求をする。5億円だ。
しかし山下警部も黙って言いなりになっているわけではない。捜査の手は伸びていた。大掛かりなロケを敢行した渋谷での現金の受け渡しは、映画の見せどころとなる。
そしてついにローリング・ストーンズが来日した(表向きは、だが)。武道館で顔を合わせた城戸と山下警部の最後の戦いが始まる。しかし城戸には既に放射能の被曝という死の手が伸びていた。
長谷川監督自身も広島での胎内被爆者だったという。長谷川監督がこの映画に込めた思いは、見る人がさまざまに考えることになるだろう。
* * *
【今日の面白すぎる日本映画】
『太陽を盗んだ男』
1979年
上映時間:147分
監督:長谷川和彦
脚本:長谷川和彦、レナード・シュレイダー
原作:レナード・シュレイダー
出演者:沢田研二、菅原文太、池上季実子ほか
音楽:作曲・井上堯之、編曲・星勝
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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