創業140年。江戸の粋が息づく老舗蕎麦『神田まつや』の主人が伝授
「乾麵のおいしいお蕎麦が増えています。材料も製麵技術もどんどんよくなっているのでしょう。昔と比べると格段の差です」
そう語るのは、東京・神田の老舗蕎麦店『神田まつや本店』6代目主人の小高孝之さんだ。
蕎麦はもちろん手打ちで、打ちたての香り高い蕎麦を提供している。贔屓筋でいつも満席の繁盛店で、厨房に注文を通す声がひっきりなしに行き交う。
そんな蕎麦の老舗に、「乾麵」でいかにすればおいしい蕎麦がつくれるのかを指南してもらった。蕎麦つゆも手軽な市販品を使った。手打ち麵と乾麵とでは茹で方から違ってくるが、小高さんはいつものように手際よく進めていく。
最後は必ず冷水で締める
乾麵をおいしくいただくには、一にも二にも茹で方にある。小高さんは、そのポイントをこう語る。
「まず浸漬。茹でる前に麵を水に浸しておくと、より香りが引き立ちます。浸漬させると茹で時間が短くてすむので、例えば茹で時間6分の麵を3分浸漬させたら、茹で時間をひとまず3分に設定しておき、ときおり固さを確認しながら頃合いを見つけてください」
鍋にたっぷりの水を張り沸騰させる。そこに麵を投入するかと思いきや、小高さんは大さじ1杯分のオリーブ油を鍋に入れた。
「油を入れると噴きこぼれの防止になります。サラダ油でもかまいませんが、ゴマ油などの香りが強いものは避けましょう」
油は蕎麦の喉ごしをよくする効果もあり。麵を入れたらすぐに菜箸で大きくかき回す。その後も麵同士がつかないように適宜、かき混ぜる。何度か麵を取り出し食感を確認し、好みの柔らかさになったら流水で洗いぬめりを取る。
「ボウルに氷水を用意し、最後に蕎麦をさっとくぐらせて締めるのがコツ。これで一気においしくなります。これは温かいお蕎麦も同様、必ず冷水で締めてください」
麵の水を切ったら、少量ずつつまんでザルに盛る。まるで店で出しているかのような、つやつやのもりそばが完成した。
乾麵が格段においしくなる茹で方4つの掟
掟1 乾麵は茹でる直前に2分〜6分浸漬させる。
その理由:香りを引き出すため
掟2 沸騰させたたっぷりの湯に大さじ1のオリーブ油を入れる。
その理由:
喉ごしがよくなる
噴きこぼれ防止
掟3 麵を投入するやいなや、菜箸でぐるっとかき回す。
その理由:
麵がよくほぐれる
茹でむらを防ぐ
掟4 茹でた麵は流水で洗ったのち、すぐに氷水で締める。
その理由:
コシが出て食感がよくなる
冷たい蕎麦(もりそば)をつくる
材料(2人分)
乾麵 200g
水(茹で用) 4L
市販のめんつゆ(2倍希釈) 50ml
[薬味]
山葵 適量
長ねぎ(小口切り) 適量
用意するもの
・バット
・鍋(直径20㎝以上で深さが あるもの)
・ザル(水きり用)
・ボウル
・菜箸
・水(浸漬用 適宜(乾麵が充分に浸かる程度)
・オリーブ油 大さじ1
・氷 適量
つくり方
1.バットに乾麵を入れ、しっかりと浸かるほど水を注ぐ。
2.鍋に水を入れ強火にかけ沸騰したら、オリーブ油を加える。
3.1をパラパラと鍋に入れ菜箸でかき回しながら、表示の時間から浸漬時間をさし引いた分数、茹でる。
4.茹で時間になったら、1〜2本口に含み固さを確認。好みの固さであれば、水きり用のザルに上げ、そうでなければさらに茹でる。
5.茹で上がったらザルに手早く上げ、流水でぬめりを取るように洗う。
6.ザルのまま氷水を張ったボウルに入れ、麵を揉むようにしながら締める。
7.よく水気を切り、竹製のザルなど器に盛り付け、薬味を添える。
温かい蕎麦(たまごとじそば)をつくる
乾麵で温かい「たまごとじそば」をつくってもらった。
「温かい蕎麦はひと手間かかります。茹でる鍋に加え、麵を温める鍋と蕎麦つゆをつくる鍋の3つが必要です。温め用の鍋には、あらかじめ湯を沸かして準備をしておきます」(小高さん、以下同)
茹で上がった麵を洗い冷水で締めるところまでは同じだが、器と麵の温めと、たまごとじのつゆづくりを同時にこなす必要がある。
「乾麵をおいしくいただくためにはつゆが決め手。市販のめんつゆも、表示通りに割ると薄すぎたり濃すぎたりすることがあるので、何度かチャレンジして好みの味を見つけてください。先代が蕎麦つゆについて“飲んじゃ辛いが、食っちゃうまい”とよくいってました。蕎麦に合わせたときにちょうどいい味になるように、少し濃いめのつゆに仕上げるのがコツです」
たまごは溶きすぎず、煮えたつゆにさっと回し入れ、すぐに火を止める。この間ほんの数秒。温めた麵を入れた器に移せば、滑らかなたまごとじそばの出来上がりだ。
材料(2人分)
乾麵 200g
水(茹で用) 4L
市販のめんつゆ(2倍希きしやく釈) 20ml
たまご 2個
蒲鉾 2切れ
ほうれん草(茹でたもの) 70g
[薬味]
七味唐辛子 お好みで
用意するもの
・冷たい蕎麦(上の「もりそば」)と同様のもの
ほかに
・鍋 3つ(器と蕎麦の温め用、かけ汁用)
・片口 ひとつ(溶きたまご用)
つくり方
1.上の「もりそば」を参考に、麵を茹で氷水で冷やす。
2.蕎麦を温める
・ふたつの鍋で湯を沸かす。
・いっぽうの鍋に丼を浸し温める。
・もういっぽうの鍋に、ザルに入れた1(蕎麦)をくぐらせ温め、丼に盛る。
3.かけ汁をつくる
・市販のめんつゆ(つゆ1:水2〜3で割ったもの)を鍋に入れ、沸騰させる。
・片口にたまごを割り入れ、溶きほぐし、鍋に回し入れ、数秒で火から下ろす。
4.盛り付ける
・2の蕎麦に、3を手早く注ぎ入れ、蒲鉾とほうれん草をのせる。
丼と蕎麦を温める
かけ汁をつくる
さらに凝るならば……「かえし」と「だし」で本格つゆを
市販のつゆは手軽だが、よりおいしく仕立てるにはつゆづくりに挑戦したい。つゆは、“かえし”に鰹節や鯖節から取っただしを加えてつくる。かえしとは醬油、本みりん、砂糖を混ぜた調味料で江戸時代に誕生。その名は「つくっておいた醬油を煮返した」ことに由来する。かえしは店の味の決め手であり、代々受け継がれる大切なものだが、家庭でも試せるようなレシピを教わる。ちなみに『神田まつや』では冷たい蕎麦に使うつゆは「辛汁」、温かい蕎麦に使うつゆは「甘汁」と呼ぶ。
材料(つくりやすい分量)
醬油 360ml
本みりん 36ml
砂糖 65〜70g
つくり方
1.鍋に醬油を入れ、中火で温める。
2.表面に細かい泡が広がったら、いったん火を止め砂糖を加える。
3.砂糖が溶けたら、本みりんを加え、ゆっくり混ぜ弱火で加熱する。
4.沸騰する直前に火を止める。完全に冷めたら、ホウロウ製の容器に移し、キッチンペーパーをかけ、冷暗所で3日以上熟成させる(上写真)。
「蕎麦つゆ」にするには
・かつおだし(沸騰した湯400mlに削り節15~25g程度を入れて煮立て、濾したもの)と「かえし」を合わせる。
・もりつゆの場合
かえし1:かつおだし3〜4
・かけつゆの場合
かえし1:かつおだし9〜11
指導 小高孝之さん(『神田まつや本店』店主・59歳)
※小高さんの「高」は正しくは「はしごだか」です。
神田まつや本店
東京都千代田区神田須田町1-13
電話:03・3251・1556
営業時間:11時〜20時30分(平日)、11時〜19時30分(土曜・祝日)、最終注文は閉店の30分前まで
定休日:日曜、月曜 約60席。
交通:地下鉄丸ノ内線淡路町駅、都営新宿線小川町駅より各徒歩約1分
取材・文/宇野正樹、山崎真由子(「崎」は正しくはたつさき) 撮影/藤田修平
※この記事は『サライ』本誌2025年1月号より転載しました。