モネが最晩年まで連作の主題とした『睡蓮』。移住したジヴェルニーに「水の庭」を作り、栽培に情熱を傾けた植物・スイレン。その魅力を、時代背景とともに解き明かす。

『北川村「モネの庭」マルモッタン』では本家の「水の庭」同様、木立や空を映す水面に、色とりどりのスイレンが咲き誇る。

「品種改良によりさまざまな色のスイレンが登場したのが19世紀末のフランス。まさしくモネの生きた時代です」

古代エジプトの「ネバムンの墓」に描かれた青いスイレンの化身。青いスイレンは、太陽神に活力を与えるとされた。紀元前1350年。(C) Steve Vidler/image navi
1889年に開催されたパリ万博で赤や黄色のスイレンが出展され、それまで白いスイレンしか見たことがなかった人々を驚かせた。

フランス印象派の巨匠、クロード・モネが描いた『睡蓮』は、およそ300点にも上る。どうしてモネはこれほどまでスイレンを描き続けたのであろうか。

モネが、終の棲処となったフランス北西部のジヴェルニーに移住し、庭作りを始めるのが1890年以降のこと。1893年には「水の庭」を作るための土地を購入している。「水の庭」において、モネはスイレンの栽培に情熱を傾けるようになり、作品の主題となっていく。以降『睡蓮』の連作はモネの最晩年まで続くことになる。

そんなモネとスイレンの関係を、園芸的な知見から繙いてみる。解説はスイレンに詳しい園芸学者の城山豊さんにお願いした。そもそもスイレンとはどのような植物であったのか、城山さんはこう語る。

「スイレンは砂漠や極地を除き、世界に広く分布し約70種に分類されます。古代エジプトの壁画に描かれるなど、昔から人々の暮らしの近くにあった花です。水辺に咲くスイレンは、人が生活する近くで生育するので身近な花でした。ちなみに、同じ水生植物のハスと似ていますが、遺伝子的に別の分類がされています」

スイレンは生育の環境により「温帯性」(耐寒性)と「熱帯性」があり、モネが「水の庭」で育てたのは温帯性スイレンである。当時、温帯性スイレンの花の色は白が“常識”であり、1856年にスウェーデンで赤いスイレンが見つかると大変な話題になった。前後して、人の手によるスイレンの育種が盛んになってくる。

同時代を生きた育種家とモネ

「スイレンの育種家にボーリー・ラトゥール=マルリアック(1830〜1911)というフランス人がいました。マルリアックは『スイレンを手玉に取る魔術師』とも呼ばれ、色とりどりのスイレンを数多く作出し当時の人々を驚かせました。マルリアックが誕生した10年後にモネが生まれていますから、両人は同時代を生きていたことになります」(城山さん、以下同)

モネがマルリアックのスイレンに出会ったのが、1889年に開催されたパリ万博といわれる。

「マルリアックのスイレンが万博に出展されており、博覧会に出かけたモネは、新品種のスイレンに出会い驚嘆し、強く魅了されたようです」

モネの時代、ヨーロッパにあった品種

‘ダーウィン’

マルリアックが1909年に作出。ボリュームのある花を咲かせ、淡いピンクの花弁は、中心にいくほど色合いが濃くなる。

‘アーカンシェル’

マルリアックが1901年頃に作出。スイレンとして唯一斑(ふ)入りの葉を持つ。温帯種としては珍しく、強めの甘い香りを放つ。

ヒツジグサ

日本産の野生種。直径2〜4㎝の小さな花をつける。「未(ひつじ)の刻」(14時頃)に花が開くことからこの名がついた。

パリ万博とモネの庭作りの年代は重なる。マルリアックの新品種から、モネは大きな刺激を受けた。その後モネは、マルリアックからスイレンを幾度も購入し「水の庭」で育成している。マルリアックと出会ってからモネは育成に没入し、憧れた熱帯性の青いスイレンを温室で育てるほどであった。マルリアックの類稀な育種家の才能とモネの芸術的感性が共鳴し、その結果、印象派の一時代を彩ったといえる。

「もし、マルリアックがモネのずっとあとに生まれていたら『睡蓮』の連作は生まれなかったかもしれません。歴史の偶然を感じます」

マルリアック以降、数多くの育種家によって観賞用のスイレンが作出され、現在、国際スイレン・水生園芸協会には2893もの栽培品種が登録されている。

解説 城山 豊さん(咲くやこの花館館長・68歳)

大阪府生まれ。京都大学農学部卒、同大学院修了。草津市立水生植物公園などに勤務。兵庫県立大学大学院教授を経て現職。著書に『NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 スイレン』。

フランスでモネの家を訪ねる

1890年、モネはパリの北西約70㎞のジヴェルニーに自宅とアトリエを建て、終の棲処とした。移住後、「花の庭」「水の庭」を作り、『積みわら』や『睡蓮』の連作を描いた。モネの暮らした家は当時のまま残され、アトリエ、庭を含め「クロード・モネの家と庭」により管理され一般公開されている(11月〜3月は冬期閉館。※開館期間などは変動することがある。クロード・モネの家と庭公式HP(https://claudemonetgiverny.fr/en/)参照)。鉄道を使えばパリから日帰りで行ける。パリ中心部のサン=ラザール駅から最寄りのヴェルノン・ジヴェルニー駅へは約1時間、開館期間は駅からモネの家へシャトルバスが運行。公式サイトで日時予約制のデジタル・チケットの購入がおすすめ。高知県にある『北川村「モネの庭」マルモッタン』の入園券の半券は、ジヴェルニーの入場券として使える。

※この記事は『サライ』本誌2025年1月号より転載しました。

『サライ』2025年1月号には長さ約76cm『睡蓮〈緑の反映〉』が引き出し付録に。

写真/城山 豊、福田 誠、国立国会図書館 スイレン品種解説監修/宮本浩一(宮川花園)

 

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