ライターI(以下I):さて、いよいよ2025年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第1回の放送(2025年1月5日)が近づいてきました。本作の主人公は、江戸の出版王といわれた蔦屋重三郎(演・横浜流星)で、その立身譚がメインストーリーとなります。両親が離縁したため、吉原の引手茶屋駿河屋(※)で育てられた蔦重がのし上がっていくというサクセスストーリーをどのように描くのか、興味深いのですが、サイドストーリーも見どころ満載のようですね。
※ドラマでの設定。史実としては、親戚筋である喜多川家の蔦屋の養子となった。
編集者A(以下A):『べらぼう』で注目すべきポイントはいくつもあるのですが、今回は田沼意次という人物について注目したいと思います。「賄賂政治家」「金権政治家」などというイメージが強く、悪徳政治家の代名詞のようにいわれてきた人物です。その田沼意次を演じるのが渡辺謙さんです。
I:渡辺謙さんといえば、大河ドラマ史上最高平均視聴率39.7%を記録している『独眼竜政宗』で主人公伊達政宗を演じたレジェンドとして知られています。
A:勝新太郎さん演じる秀吉との場面など、名場面の多い『独眼竜政宗』ですが、政宗の父輝宗(演・北大路欣也)が畠山義継(演・石田弦太郎)に拉致されて、政宗の目の前で殺害される場面は大河史上屈指の名場面でしょう。さらに1993年の『炎立つ』では藤原経清を演じ、源頼義に騙された場面もまた視聴者をくぎ付けにした名場面です。そして、驚くべきことに渡辺謙さんが伊達政宗を演じていたのは27歳のとき!
I:『べらぼう』主演の横浜流星さんとほぼ同年代!……ということで前振りが長くなりましたが、渡辺謙さんが取材時に話された『べらぼう』観について話を聞いてみましょう。
『べらぼう』は、世の中が停滞しているときに革新的に何か興していくっていう人物の話ですよね。ダイナミズムとしても、戦国時代ものの大河ドラマに比べて幅がけっこう狭いんじゃないかと思います。その中でもやっぱり人間って同じように浮き沈みがあったり、喜怒哀楽があったりするわけで。そういう市井の人たちの話を大河ドラマでやるっていうのは、なかなか冒険だなって思いますね。ドラマの最初の方は吉原が舞台になるわけですが、吉原ってものすごいルールが厳しいんですよ。吉原っていうと、階層もそうだし、やり方もそうだし……本当にもういろんなルールが厳しかったらしいです。吉原内である種のヒエラルキー(階級、階層)ができあがっていて、そのヒエラルキーが起こす悲しさ、切なさ、喜びみたいなものをドラマとして描いていくっていうのは、かなり挑戦的ではあるけど、おもしろそうだなと思います。
A:渡辺さん自身、『独眼竜政宗』や『炎立つ』では戦だとか武士だとかいった世界で主演をされてきたわけですが、今回はそうした描写のない、政治の戦争の中でどう田沼意次を演じられるのか興味があります。渡辺さんが田沼意次観についてもお話してくれています。
田沼意次は現代の静岡県牧之原市に領地があったのですが、牧之原市では意次の足跡をもう一度見直そうといった動きがあるんですよね。田沼意次は見直されるべき人物だと思います。ただ、彼の生きた時代やその時の幕閣の状況が彼の思想とマッチしていなかっただけで。政治家って常にそうじゃないですか。非常に優秀であっても登用されなかったり、その人が持っている思想や政治方針がなかなか中央に本道として入っていかなかったりといったことは、いつの時代にもあると思うんですよね。このドラマの中では、田沼意次という人物がなぜその流れに乗れなかったのかというところを描くことで、視聴者の皆さんにはおもしろがっていただけるかなという気がします。画面に映るものがどうこうというよりは、ある種、メンタリティ的にどういう経緯を辿るのかが、演じどころかなと思っています。やっぱり、上っていくことより下っていくことの方がヒロイックだと思うんですよね。だから、敵対勢力に追い落とされていくとか、そういうところは僕も演じどころかなと思っています。
I:渡辺さんも、田沼意次の領地に行かれたんですね。
A:当時の地元の人たちが意図的に残したと思われる、相良城の基礎の跡地に小学校や資料館が建っているんですが、渡辺さんもご覧になっているんですね。そこに、何を感じられたかも、お話してくれています。
田沼は権力者の座から追い落とされて、自分の領地につくった相良城を根こそぎ壊されました。でも城の土台だけは密かに残してあったらしいんですね。上に建っていた城の建物自体は幕府の命令ですから全部壊したんですけど。それってやっぱり、当時の地元の人々が意次の精神や魂を大事にしようという意思を強く持っていたということじゃないかな。そういう、実際の痕跡を見せてもらったのは、意次がいかに相良を大事に思っていたかの参考になった気がしました。
A:実は、この取材を終えた直後にいてもたってもいられずに私も牧之原市に行ってみました。静岡駅からバスで約1時間。バス停を降り立つと凛とした街並みが広がっていました。その際の取材の模様は折に触れて、当欄で紹介していきたいと思います。
I:さて、歴史的に起こったこととしては、田沼意次は老中として権勢をふるいますが、腐敗を糾弾されて失脚してしまうんですよね。ドラマではおそらく後半の話になってくるのだとは思いますが。
A:田沼意次の失脚後は、これまた歴史教科書でおなじみの松平定信による寛政の改革が始まります。これはドラマの主人公である蔦屋重三郎にも大きく関わってくる問題です。当時流行した狂歌「白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき」は有名ですが、これはつまり、白河藩主の松平定信の政策が厳し過ぎて、腐敗政治などといわれたけれど経済も文化も発展した田沼時代が恋しい、ということを歌ったものです。
I:そうした時代の転換期を、渡辺さんはどう見ているのでしょうか。
蔦重の時代はある意味、停滞している側面があったのだと思います。なんとなく将軍や幕閣は変わっていくけど、政は変わらない。そういう社会構造みたいなものはすごく今の時代に近いと思うんです。今の社会、政治ともすごく似通っているんじゃないかなと思います。
A:今の時代に似通っている、ですか。そういわれてみると、その通りかもしれませんね。狂歌のように「濁り」であったのか、はたまた「濁り」は悪い物なのか、その辺りも渡辺さんの演技の妙で魅せてくれることに期待しています。
●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり