深夜3時、仕込みが始まる──。「白河ラーメン」の草分け的存在として知られる名店『とら食堂』のラーメンづくりに密着した。
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深夜3時、その建物にだけ灯りが点る。東北の玄関口である福島県白河市の田園地帯、田んぼに囲まれた一角に『とら食堂』はある。
店の中ではすでに麺打ちが始まっている。親方と呼ばれる2代目の竹井和之さん(70歳)と娘婿の竹井康三さん(48歳)のふたりで麺を打ち、チャーシューを焼き、スープを仕込む。
先代の父、竹井寅次さんは白河の評判店で修業、昭和41年(1966)に市内で自身の名を取り『とらや』を開店、すぐに繁盛店となる。昭和48年に店を現在地に移し『とら食堂』と屋号を変えた翌年に、和之さんは19歳で寅次さんのもとに弟子入りした。和之さんは先代をこう語る。
「親父は天才でしたね。修業だけでは身につかない職人的なセンスがありました。修業9年目に親父が56歳で亡くなり、それから店を背負うことになりました。2代目になり味が落ちたと言われたくないので必死でした」
そこで和之さんが手がけたのは、麺やスープづくりの配合を数値化することだった。
「心がけているのはいつも同じ味。小麦粉の配合やかんすいの量など試作を繰り返し、最適値を見つけました。手打ち麺は加水率が50%前後と高くなるのですが、うちではコシを出すために45%前後(※季節や湿度により変化。)でやっています」(和之さん)
手打ち麺としては低い加水率である。加水が低いと生地は当然硬くなり、麺打ちに力が必要になる。水回しから生地の延ばしまで、どれをとっても楽な作業はなく、渾身の力を込めて行なわれる。生地が乾燥してしまうためスピードも要求される。
丹念な青竹打ちが生み出す強いコシ|麺
1.水回し
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2.足踏み
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3. 青竹打ち
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4.延ばし
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5.麵切り
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6.手もみ
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15年経ってもまだ「修行人」
3代目となる康三さんは店に入って15年目。麺打ちも親方の域に達しているように見えるが「食感がまだちょっと違うんだな」と和之さんは厳しい。康三さんの名刺の肩書に「修行人」とある。先代から55 年間も受け継がれてきた暖簾を守るということは、それほどまでに厳しいことなのだ。
麺打ちが進む間に窓の外は、すっかり明るくなった。同時にスープとチャーシューの仕込みもこなすので休む間はない。
厨房に鶏ガラと豚骨が山のように置かれ、康三さんがひとつひとつ丁寧に血合いを除き、下処理をこなしていく。スープに使われるのは、鶏ガラと国産豚の豚骨、それと割り湯の昆布ダシのみだ。シンプルな材料で深い味わいを出すために、鶏ガラと豚骨は一度蒸してうま味を引き出す。
康三さんに鶏の種類を訊(たず)ねると、名古屋コーチン、吉備鶏、南薩摩鶏、熊野地鶏……と多くの品種名が返ってきた。
「鶏ガラは鮮度のいいものを入れるようにしていて、組み合わせも変わります。理想は潰したての鶏なのですが、それはかないません」
鶏ガラと豚骨からうま味を引き出す|スープ
1.鶏ガラ、豚骨を炊き、蒸す
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2.昆布ダシの割り湯をつくる
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3.割り湯を入れ、スープを煮込む
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絶妙のコシと滑らかな舌触り
チャーシューに使われる豚の内モモ肉は、柔らかな火力の「楢炭」で焼かれる。いわゆる「焼き豚」だ。遠火でじっくりと炙り、表面がしっとりしてきたら取り出す。絶妙の焼き加減の豚を醤油で炊くと、凝縮されたうま味が引き出された「かえし」(醤油ダレ)が完成する。
8時過ぎからスタッフが次々にやってきて、店内が活気づいてきた。この日は平日にもかかわらず10時前には店の前に客が並び始め、開店時には30人ほどに延びた。駐車場には県外のナンバーが目立つ。
とびきりの一杯をいただいた。手打ちの縮れ麺は絶妙のコシと滑らかな舌触り、うま味たっぷりのスープにからみ、するするとお腹におさまる。夢中で麺をすすっている間に、気がつけば丼(どんぶり)は空になっていた。
和之さんはこう語る。
「ときどき、一杯のラーメンになんでここまでやるのかと思いますよ(笑)。こうなればもう、一生こだわり抜くしかないですね」
炭火でじっくりうま味が出るまで炙る|チャーシュー
1.炭火で炙る
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2.醬油で煮込む
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縮れ麵に香り高い醬油スープが絶妙にからむ|仕上げ
1.かえしを丼に入れる
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2.麺を茹でる
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3.ラーメンが完成
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とら食堂
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福島県白河市双石滝ノ尻1
電話:0248・22・3426
営業時間:11時~14時30分、16時~材料がなくなり次第終了
定休日:月曜、臨時休業あり 44席。駐車場40台。
交通:JR東北本線、東北新幹線新白河駅より車で約18分、東北本線白河駅より車で約12分
※この記事は『サライ』本誌2024年12月号より転載しました。
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取材・文/鹿熊 勤 撮影/寺澤太郎
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