取材・文/坂口鈴香

若年性認知症当事者と家族のためのカフェの代表をしている松坂かおりさん(仮名・45)の母は、40代で夫を亡くし、3人の子どもを抱えて働き詰めだった。50代で認知症のような症状が出たが、母と同居する妹弟は母の異変を認めようとしなかった。ようやく受診し、認知症と診断されたときには60歳になっていた。

若年性認知症になった母。「認知症カフェ」代表の告白【1】はこちら

「お姉ちゃんが怖い」おびえる母

それから3か月後、松坂さんにがんが見つかり、手術を受けることになった。幸い早期だったが、仕事を辞めた松坂さんは空いた時間を母親の様子を見ることに費やした。

「それが悪かったのかもしれない」――と松坂さんは推測する。

「そのころになると、母も仕事を辞めていたのですが、年金を払っていなかったので、無年金だったんです。低所得だったので、払込金額は少なくて済んだはずだったのに、その手続きもしていませんでした。それでつい『年金、何で払ってなかったの?』と言ってしまったんです。母としても痛いところを突かれたんだと思います」

それ以降、母親に幻聴や幻視が出現するようになった。松坂さんが宙に浮かんで、「私のことをバカにしている」と訴える。仕事している妹に5分おきに電話しては「今どこにいるの?」「私を一人で置いて行くの?」と訴える。妹が帰宅すると、包丁を持った母親が、「お姉ちゃんが帰ってくる」「怖い」とおびえていた。

「途方に暮れました。それで、たまたま目にした『介護者の集い』に行ってみたんです。そこに参加していた看護師さんに『お母さんと距離を取りなさい』とアドバイスされました」

この助言に従い、松坂さんは母親のところに行くのも、電話するのもやめた。薬のせいかもしれないと指摘されたので、病院を替えて、薬も替えた。すると、半年ほど経つと母親は落ち着いていった。

「母は私と外で会うのは大丈夫だったので、病院にはついて行きました。不思議なのですが、脳の萎縮はそう進んでいなくて、齢相応とのことでした。長谷川式認知症スケールも24点と正常レベルなんです。その後アルツハイマー型認知症と診断されましたが。ただ、幻聴幻視がひどかったころ、介護認定は受けていて、週2回、半日のデイサービスには通っていました。『仕事がしたい』と言うので、家の近くにある障がい者向けの施設で働かせてほしいとお願いしました。すると『掃除でよかったら』と言ってくださり、掃除に行くことになりました。施設からも感謝されて、互いに良い関係ができ、母の心身も落ち着いていきました」

母の状態が一気に悪化。子育てとの両立は難しい

母親と妹弟は団地に住んでいたが、妹が結婚して家を出ると、入居条件が合わなくなった。母親も団地を出ないといけなくなり、松坂さん夫婦と同居することになった。3人では手狭になり、1年後には戸建てに引っ越したため、障がい者施設には行けなくなってしまった。

「ちょうど妹に子どもが生まれて、孫の顔を見て少し元気になりました。ただ体力は落ちてしまっていたんです。それから私も出産し、赤ん坊の世話にかかりきりになるため、いったん母に妹のところに行ってもらったら、母の認知機能が一気に低下してしまいました」

母親は再び松坂さんのもとに戻ったが、もはや別人のようになっていたという。トイレの場所がわからなくなり、便失禁してしまうようになると、松坂さんは子育てと母親の介護は難しいと感じるようになった。ケアマネジャーのすすめもあり、老健(介護老人保健施設)に入ることになった。

「さらに状態が悪化するかもしれないとは思っていましたが、その通りになってしまいました。認知症病棟にはリハビリもなく、動かなかったのが悪かったようです」

3か月経つと、老健からは退所を迫られ、2軒目の老健に移った。その後、申し込んでいた特養(特別養護老人ホーム)に入所することができたが、入所して3年が経ったころ、特養の医師から「発熱していて、誤嚥性肺炎の可能性がある」と言われ、病院に転院した。コロナ禍と重なり、面会できていなかったが、しばらくすると病院から「この2か月ほど覚醒していないので、MRIを撮ったが脳の萎縮が進んでいる。むせ返りも多いので、これ以上口から栄養を入れるのは無理だ」と、胃ろうか経鼻栄養、点滴のどれかを選択することになった。

「ここに来て、アルツハイマー型認知症について猛勉強しました。そして、点滴での栄養補給を決めたんです。もちろん、何もしないという選択肢もありましたが、妹弟には受け入れられませんでした。それを押し切ることはできません。それなら点滴で最低限のビタミン、栄養と水分を入れてもらおうと決めたのです」

点滴だけなら、あと1か月から3か月だと言われて3か月……。最期は母親と会うこともできた。

母子でがんばってきた松坂さんにとって、妹弟の思いと、松坂さんの思いが食い違うことにはやりきれなさが残った。認知症ではないかと疑う松坂さんと、「お母さんはおかしくない」と言う弟妹。最期に点滴を外すか否か、もそうだ。

「ずっとモヤっとした気持ちがありましたが、それを乗り越えたあとはスッキリしました」

一時は気持ちがすれ違った妹弟。「最後にわかり合うことができた」【3】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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