残暑が過ぎ、最後まで頑張って鳴いていたツクツクボウシの声が聞こえなくなる頃、住宅地の庭木の天辺や屋根のアンテナなどに止まり、時折尾羽を震わせながら「ヒッ、ヒッ、ヒッ」とよく通る声で鳴く小鳥の姿があります。

灰色の頭に黒い顔、腹部は橙色という、全身がシックな秋の装いです。この鳥の名はジョウビタキといいます。

寒さを和らげるため羽毛を膨らませたジョウビタキのオス。

ジョウビタキは、日本には主に冬鳥として飛来し、関東では翌春のお花見の頃まで越冬します。住宅地や畑、公園、河原など、比較的明るい場所にいるため、観察しやすい野鳥と言えます。メスは褐色の地味な彩りながら、やはり腹部は淡い橙色をしています。

さて、繁殖期でもないのにジョウビタキが高い場所に止まって鳴くのは何故なのでしょうか。それは縄張りを主張しているからなのです。縄張りは、彼らがひと冬を過ごす場所。冬以外は昆虫や幼虫などを捕らえて餌としているジョウビタキですが、冬は落ち葉の下などにいるミミズやムカデ、またはピラカンサやカラスザンショウ、ムラサキシキブなどの実を採餌しています。ジョウビタキは、主に飛来直後の頃にこの採餌する場所を含む縄張りを巡回して、同種の別の個体や同じ餌を好むルリビタキなどの侵入を警戒しているのです。

ヌルデの実を啄むオスのジョウビタキ。冬の林道では、こうした実のなる木のそばで待っているとジョウビタキやルリビタキに出合える。
こちらはメスのジョウビタキ。顔がオスのように黒くないので、つぶらな瞳が際立つ。
落ち葉の下のミミズなどを探すオス。翼に白い斑紋があるため「紋付き鳥」とも呼ばれる。

ちなみに、ルリビタキも平野部では同じ冬鳥ですが、ジョウビタキと違い、やや暗い林や薮を好みます。縄張りを主張するときの鳴き声は「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と、ジョウビタキととてもよく似ていますが、よく耳を澄ますと、ルリビタキの方はやや哀愁を帯びたトーンを響かせているように感じます。もっとも、地鳴きと呼ばれる鳴き声では両者は明らかに異なり、ジョウビタキのそれは「カッ、カッ」と乾いた音に聞こえます。実はこの音が、火打ち石を打ち合わせる音に似ているとして「火焚き」(ヒタキ)になったとされています(名前には「鶲(ヒタキ)」の字を用います)。

ところで、ジョウビタキのジョウ(尉)は能楽における老翁の面のことで「白髪の老人」、あるいは「上が灰になった炭火」を指すとも言われ、オスの特徴的な頭の色を表しています。他に、毎年必ず飛来するということで「常鶲」と記す場合もあります。秋の季語の「ひたきどり」は、私たち人間にとって身近なジョウビタキを指しています。

雅な色彩や佇まいは日本画の題材にもなり、長谷川等伯や渡邊省亭も好んで描いている。

日本では長い間冬鳥の代表格と親しまれてきましたが、近年は長野県や山梨県の高原などで繁殖が確認されるようになり、夏には別荘地の建物の軒先などで親鳥に餌をねだる幼鳥の姿が観察できます。

この夏、そんな高原でジョウビタキの家族に出合いました。朝、まだ寒かったのか、巣立ちしたばかりの幼鳥同士が身を寄せ合って暖をとっていました。

身体を寄せ合うジョウビタキの幼鳥たち。親鳥の給餌を待っている。

このとき観察していて気付いたのは、幼鳥に餌を運んでいたのはオス親だけということ。メス親はというと、コケのようなものを咥えて幼鳥のところへやってきて、どういうわけか一羽の幼鳥にそれを預けて飛び去ってしまいました。餌を探す練習をするよう促しているのか、あるいは新たな繁殖活動に入っているのか、いずれにしても謎めいた行動です。ちなみに、後日資料等を調べてみても、ジョウビタキの子育てにオス親とメス親の役割分担の習性は確認できませんでした。

オスの親鳥に餌をねだる幼鳥。約4羽~5羽の幼鳥を育てるため、親鳥は数分おきに昆虫などを捕らえて運ぶ。

かつては桜が開花するころにはお別れ、というのが当たり前だった冬鳥としてのジョウビタキですが、前述のように2010年に長野県の富士見高原で繁殖が確認されて以降、長野県を中心とした本州各地で毎年繁殖が確認されるようになりました。ところによっては夏でも出合える野鳥になったのです。

野鳥の繁殖や渡りを含めた行動には、元の繁殖地の状況や飛来地を含めた生息環境の気候の変動などさまざまな要因が関係していると思われますが、新たな環境で逞しく子育てに奮闘する姿が観察できる機会が増えたことは、野鳥好きにとって嬉しい状況です。

秋の訪れからほどなく出合える身近な冬鳥、ジョウビタキは、縄張りに入ったルリビタキを追い返したり、カーブミラーに映った自分に立ち向かったり、と気の強い性格の持ち主であるところもかわいらしい野鳥です。

街角で尾羽を震わせながら響かせる澄んだ鳴き声を耳にしたら、しばし足を止めて、その凛とした姿を観察してみましょう。

プロフィール
文・写真/中村雅和
幼少期から生き物や鉄道に親しむ。プロラボ、住宅地図会社の営業マン、編集プロダクション、バス運転士、自然保護団体職員などを経てフリーの編集者に。

 

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