幾度かの浮沈を経て日本の酒文化の西横綱に立った本格焼酎。研鑽を続ける蔵は今「香り」という領域で鎬を削り合う。焼酎の香りの魅力とは何か。ウイスキーを物差しに考えてみた。

解説 土屋守(つちや・まもる)さん
(ウイスキー評論家・70歳)

1954年、新潟県佐渡生まれ。ウイスキー文化研究所代表。東京ウイスキー&スピリッツコンペティション主宰。最新刊に『増補新版ウイスキー検定公式テキスト』(小学館刊)。

本格焼酎はいつの間にか劇的進化を遂げていた

「本格焼酎」という品質基準の誕生を機に’70年代から始まった焼酎ブーム。かつては南日本を中心に消費されていたこの蒸留酒は今、清酒と並ぶ“国酒”としての貫禄を増しつつある。ウイスキー評論家として知られる土屋守さんも、本格焼酎に魅了されているひとり。

「私が焼酎の面白さに目覚めたのは2003年の第三次焼酎ブームのころです。今でこそウイスキーは空前の人気ですが当時はどん底でした。現象を分析するため、焼酎蔵を回り始めたのです。そこで改めて学んだのは、蒸留酒といってもウイスキーと焼酎とでは造りが根本的に異なることでした」

ウイスキーの原料は大麦を主とする穀類のみ。原料の糖化には麦が発芽時に出す酵素を利用する。できたものがモルト(麦芽)だ。

「焼酎は原料が地域ごとに異なります。サツマイモがあり大麦があり、黒糖に米もある。米といっても泡盛の場合はタイ米です。ウイスキーの香りの7~8割は樽由来といわれていますが、焼酎はほぼ原料由来。これだけ種類が多ければ生まれる風味も違って当然です。もうひとつ異なるポイントが麹(こうじ)、つまりカビを使った糖化です」

泡盛の原料はタイ米と黒麹。「それだけなのに蔵ごとに香りが違う。甕(かめ)で寝かせた古酒の驚くべき変化も魅力です」(土屋さん)

麦芽で作るウイスキー醪(もろみ)のアルコール度は高くて10度ほど。一方、麹で作る焼酎醪は最大で18度ほどになる。アルコール濃度の違いは蒸留方法にも関わる。ウイスキーは2回蒸留釜に通して濃度を上げていくが、焼酎は蒸留1回で充分な濃さのものが採れる。つまりより多くの香り成分がアルコールと共に残るわけだ。

「蒸留技術の進歩も見逃せません。醪の沸点を下げることのできる減圧蒸留器の普及で、油臭、硫黄臭といったマイナスに働く成分をカットできるようになりました」

本格焼酎の蒸留は蒸気加熱が普通だが、沖縄の八重山には今も昔ながらの重油による直火焚きの蒸留釜を使っている泡盛蔵もある。写真提供/土屋 守

焼酎の進化は香りの進化

土屋さんが改めて注目している焼酎の特徴が黒麹(くろこうじ)だ。黒麹は沖縄で見出された独特の麹で、日本酒造りに使われる黄麹(きこうじ)が産出しないクエン酸を大量に作るのが特徴だ。このクエン酸が醪の環境を酸性に保ち、暖地では特に警戒が必要な雑菌の増殖を抑えている。クエン酸は蒸発しないため、蒸留しても原酒の中には混じらない。

「黒麹は、クエン酸だけでなく黄麹にはない芳香成分も出します。それを実感したのは沖縄の泡盛蔵を訪ねたとき。どの蔵も原料はタイ米と黒麹だけなのに味や香りが様々。インディカ米であるタイ米は、日本酒に使うジャポニカ米とは澱粉組成が違います。沖縄の風はミネラルを含んだ暖かな湿気を孕みますが、気候は島ごとに違います。この風土とタイ米、黒麹の組み合わせが、多彩な香りを生み出しているとみています」

焼酎のテイスティングもウイスキーと同じようにストレートで行なう。骨格となる味と香りを確認した後
は、自分好みの飲み方で。

本格焼酎のこうした進化を受ける形で、土屋さんが主宰する東京ウイスキー&スピリッツコンペティションでは、2020年から新たに焼酎部門を設けた。

「世界を見回しても、焼酎は食事をしながら楽しむこともできる稀有な蒸留酒ですが、今海外の人たちが注目しているのは40度前後。つまりスピリッツらしい香りが楽しめる高濃度帯の焼酎です」

食中には低濃度焼酎。食後には高濃度焼酎。選択幅がかつてなく広がったのも現在の特徴だ。

取材・文/鹿熊 勤 撮影/宮地 工

※この記事は『サライ』本誌2024年8月号より転載しました。

『サライ』2024年8月号は別冊付録「サライ×ビッグコミックオリジナル 特別編集
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