文/鈴木拓也

画像はイメージです。

人間であれば、絶望や不安など避けたい感情はいくつもあるが、「後悔」の念もその1つだろう。

古今の哲学からポピュラーソングまで、「後悔」がテーマとしてしばしば登場する。そこでは、いかに後悔しない人生を送るかに焦点が当てられる。

きわめて健全で欠かせない感情

しかし、ここ半世紀の科学的研究によれば、後悔はそれほど悪いものではないらしい。それどころか「有益」ですらあると力説するのは、世界的な作家のダニエル・ピンク氏だ。

12月に邦訳版が刊行された著書『THE POWER OF REGRET 振り返るからこそ、前に進める』(池村千秋訳、かんき出版)の冒頭でピンク氏は、次のように記している。

アンチ後悔主義者が勧める行動を実践しても、よい人生を生きることはできない。その主張は、端的に言って――過激な言葉を使って恐縮だが、このように表現するほかないと思っている――救いようのないデタラメだ。
後悔することは、危険でもなければ、異常でもない。幸福への道からはずれるわけでもない。それはきわめて健全で、誰もが経験し、人間にとって欠かせない感情だ。(本書19pより)

そもそも後悔は、普通の人なら日々生きていくなかで、かなり頻繁に感じる気持ちだろう。ある研究によれば、怒りや悲しみなどを押しのけて、数多く体験するネガティブな感情は後悔であったそうだ。「もう後悔なんてしないぞ」という決心とは裏腹に、結局後悔してしまうのなら、むしろその感情と折り合いをつけながら生きていくのがいい――そうした論調でピンク氏は、後悔の本質をたくみに論じる。

後悔することで意思決定が改善される

後悔のメリットとしてピンク氏が挙げるものの1つに、「意思決定」にかかわるものがある。

つまり何かを決めたものの、首尾よくとはいかず後悔する。しかし、その後悔が次の意思決定の質を高めるのだ。これについて、次の解説がある。

後悔の感情を深くいだくと、意思決定のプロセスが改善される。マイナスの感情がもたらす痛みにより、意思決定のペースが減速するからだ。それまでよりたくさんの情報を集めたり、幅広い選択肢を検討したりするようになり、結論を導き出すまでにじっくり時間をかけるようになる。より慎重に段階を踏むようになる結果、確証バイアスなどの認知上の落とし穴にハマりにくくなるのである。(本書67~68pより)

これは、わかりやすい。後悔は、嫌な感情であるゆえ、同じことで後悔しないよう、次回の意思決定は注意深くなる。その結果、間違いを繰り返すことを避けられるとともに、より好ましい成果が期待できるようにもなる。これは、7歳児でも企業のCEOにも有効だという。

しかし、それも程度問題。過去の過ぎたことをくよくよと後悔しすぎるのは、メンタル面の問題をもたらすとも指摘されている。それは抑鬱や不安であったり、時にはPTSDであったり。われわれは、「あの時、ああしておけばよかった」と、頭の中で反芻するクセみたいなものがあるが、反芻によって思考明晰になるとか、行動方針がはっきりするといった効果は期待できないとピンク氏は記す。あることへの後悔は、1回こっきりで十分というわけだ。

現在の価値を過大評価して後悔を招く

ひと口に後悔といっても、様々なものがある。ピンク氏は、それらを4つのカテゴリーに類型化している。

その1つが「基盤に関わる後悔」。これは、教育、お金、健康といった事柄に関わるもので、どれも欠如してしまえば、人生に深刻な影響を及ぼすものだ。

一方で、われわれはこの大事な物事について、往々にして後悔を招くような行動をとってしまう。ピンク氏は、「ワールド後悔サーベイ」というオンライン上のアンケート調査を行い多くの回答を得たが、その1人、ジェイソン・ドレントさんの例を引き合いに出している。

働きはじめて以降、まじめに貯金してこなかったことを後悔しています。これまで二十五年近く一生懸命働いてきたのに、その成果がお金の形で残っていないことを思うと、日々気持ちが沈みます。(本書123pより)

ジェイソンさんが、仕事に励んだにもかかわらず貯金がないのは、給料をもらうたびに「日々のくだらない買い物」に使い果たしてしまったためだ。寄せられた他の回答を見ると、若い頃にお酒を飲み過ぎた、あるいは勉強しなかったといったことで、現在の人生が実りないものになっていることを嘆いたものが多く見受けられる。

これについてピンク氏は、「遅延価値割引」という用語で説明する。これは、「現在の価値を過大評価し、将来の価値を過小評価」してしまう心理をいう。ジェイソンさんは、遅延価値割引にとらわれ、将来に備えコツコツ貯金するよりも、宵越しのお金を持たない生活の方が価値あるものと考えてしまった。今のジェイソンさんは、勤務先の若い社員たちに、「給料を受け取るたびに将来のためにいくらか貯蓄に回すことの重要性を説いている」そうだ。

「せめてもの幸い」と考えてみる

いくら後悔に利点があるといっても、それを生涯にわたって引きずるのは、やはり避けたい。この点についても、ピンク氏はいくつかのアドバイスをしている。

その1つが、「せめてもの幸い思考」の実践だ。後悔の念に支配されると、「もし若い頃から貯金する習慣を身につけておけば……」というふうに、「もし~~していれば……」という思考になりやすい。これを転換させて、「せめてもの幸いは」で始まる思考をする。例えば、「せめてもの幸いは、使ったお金で若い頃にしかできない貴重な経験ができた」というふうに。

実はピンク氏自身も、30年前の決断により大きな後悔をしたことを打ち明けている。それは、法科大学院に進学したこと。もっと賢明な進路上の選択をしていれば、より充実した人生を送れたのではないかと悔やんだという。しかし、進学先では妻と巡り合い、それは「人生における最大の勝利」だと表現している。だから、「法科大学院に入学したことは失敗だったかもしれないが、少なくともそのおかげで妻と出会えた」と考えることで、後悔からくる痛みを軽減できているという。

* * *

本書を読むと、それまで後悔という感情にいだいていた認識が全く新しいものとなる。後悔のせいで、自分の人生が窮屈に思われている方には、特に読んでほしい1冊だ。

【今日の教養を高める1冊】
『THE POWER OF REGRET 振り返るからこそ、前に進める』

ダニエル・ピンク著、池村千秋訳
定価1870円
かんき出版

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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