ライターI(以下I):『どうする家康』前半のビッグイベント三方ヶ原合戦で、後に「徳川四天王」になる本多忠勝(演・山田裕貴)の叔父・本多忠真(演・波岡一喜)が討ち死にするシーンが描かれました。
編集者A(以下A):劇中では、酒をあおりながら合戦に臨むという「あぶさん」のような武将として描かれていました。酒の飲み方が、ほれぼれするくらい様になっているなと思って見ていました。
I:本多忠真を演じた波岡一喜さんからコメントが寄せられました。お酒のシーンの背景についてもしっかり語ってくれています。まずは、本多忠真についてのお話です。
今作に出会うまでは、大河ドラマに対して、重厚で落ち着いたイメージを持っていましたが、古沢さんの台本を読んで、思っていたよりもっとポップでコミカルに描かれているなと思いました。そして、本多忠真の「飲んべえ」、大久保忠世の「色男」のように、家臣団の中でもしっかりキャラクター分けされているのも特徴的ですよね。忠真は、大酒のみで、豪快で、腕っぷしは強く、情に熱く、殿(家康)に心酔しており、忠勝を心から愛している人だなと思いました。「大河だからこうしないと」というのは考えずに、僕も振り切ってやろうと思ったのを覚えています。
A:なるほど。確かに振り切っているというか、気負いなく伸び伸びと自然に演じているような気がしていたのは、そういう背景があったのですね。
I:波岡さんは、「青天を衝け」では、一橋家家臣の川村恵十郎を演じて渋沢栄一とも絡みました。徳川と一橋。時空を超えて関係者を演じたことになります。
忠真のお墓は浜松にありますが、僕は昔、浜松に長期滞在して映画を撮っていたことがあって、数ある都市の中でも5本の指に入るほど思い出深い場所。今でも「故郷」のように思っています。そして、大河ドラマにおいては、今作では徳川家康に仕えていますが、『青天を衝け』で演じた 川村恵十郎は徳川慶喜に仕えていました。しかも恵十郎は、円四郎(演・堤真一)と別れた後、静岡に行くんですよね。本多忠真を演じると決まった時、徳川や静岡との不思議なご縁も感じました。
A:そう考えると、本多忠真役はまさに適役だったわけですね。そして、波岡さんは、忠真を演じるにあたってのこだわりについても語ってくれました。
「戦の時でも飲む」ということですかね。むしろ戦う時こそ飲んで、シャキっとする(笑)。特に第 18 回では古沢さんが忠勝との印象的なシーンをつくってくださったので、物語の序盤からきっちり酔っておいたことが、効いていたらいいなと思います。もうひとつ気をつけたのが、強さを見せること。本多家は強くあるべきだし、忠勝が強いということは、忠真はもっと強いはず。叔父と甥の関係ですが、強い親子のように みえていたらいいなと思います。何事にも一直線の忠勝と「飲んべえの忠真」というそれぞれのキャラクターはありますが、大前提として、ふたりには圧倒的な強さがあるというのを大切にしました。
A:忠真と忠勝の本多家は、生粋の松平党。忠真の父にあたる忠豊は、織田信秀との合戦で討ち死にしています。そして、忠真の実兄で、忠勝の父になる忠高も同じく織田勢との合戦で討ち死にしています。
I:波岡一喜さん演じる本多忠真は、討ち死にした実兄の遺児である忠勝に武士の心得を伝えるなど、大切に育てたそうですね。そういう背景をおさえておくと、叔父甥の別れのシーンがひときわ熱いシーンに感じました。波岡さんは次のように述懐しています。
(合戦シーンの)強さを見せられる立ち回りのシーンは嬉しかったですね。「飲みながら戦いたい」というのを最初から伝えていて、殺陣師の方もそこを理解してくださっていたので、立ち回りでは、酒を飲むタイミングも計算しつつ、強さを見せられるよう意識しました。お酒を飲むにしても、台本に細かくは書かれていないので、飲むタイミング、量、酔い具合も僕のさじ加減。どう演じようかなというのを立ち回りのシーンで一番考えた気 がします。
A:先ほど、「ほれぼれするくらい様(さま)になっている」という話をしましたが、こういう背景があったのかと、ちょっと感動しています。波岡さんのような手練れの俳優がここまで真剣に取り組んでいるわけですから、そりゃ、見る者の心に響きますよね。そして、波岡さんのお話は、忠真と忠勝との別れのシーンにも及びます。前述のように、本多家は、忠豊、忠高と二代にわたって松平家に殉じています。
史実を調べる中で、忠真は「しんがりを努め、地に旗をさして『ここから先は行かせん』と戦い、散っていく……」というエピソードがあると知りました。ですから、猛々しい面を出せたらと思って収録に臨みました。でも、実際は難しかったです。「行け、平八郎!」と言うけれど、忠勝ともう二度と会えないことも分かっていたと思うんですよね。我が子のように育ててきた忠勝との別れだと思うと冷静にはいられず、思わず気持ちがあふれ出てしまいました。 本番前は「感情を抑えよう抑えよう」と思っていたのですが、最終的には「素直に感じたままいこう」と腹を括って臨みました。本番では、忠真のそばを離れようとしない忠勝を忠真が殴り、殿のもとに行かせようとする。戦では傷ひとつ付いたこと がない忠勝に、そこで初めて傷がつく……というパターンも撮りました。もともと台本にはなかったのですが、(山田)裕貴と話し合って、使われるかどうかは別としてやりたいねとなり、トライしたのを覚えています。
I:こういうメイキング映像があったら、速やかに公開してほしいですね。ちょっと波岡さんの話に涙腺が緩んできてしょうがありません。
A:三方ヶ原の戦いのあった犀ヶ崖(さいががけ)古戦場には、本多忠真の顕彰碑があります。建立されたのは明治24年(1891)。合戦から318年の時が過ぎていました。顕彰碑を建立したのが本多忠敬子爵。いうまでもなく本多忠勝の子孫にあたる方です。
I:なんだかいい話ですね。
A:波岡さん演じる「酔いどれ忠真」がひときわ心に響いたので、カップ酒片手に忠真顕彰碑の前で「献杯」したくなりました。
I:ただ飲みたいだけではないですか?
A:(笑)。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり