文/池上信次
前回(https://serai.jp/hobby/1123115)の続きです。前回紹介の「バンド・バトル」は、フリー・ジャズとビッグバンドという特殊な編成のものでしたが、ジャズのバンドは「リーダーの音楽を形にするためのグループ」という形、つまりグループの人格(というのか?)=リーダーの人格というものが多いので、バンド・バトルという発想は生まれにくいということでしょう。では、グループのアイデンティティをはっきりと打ち出しているバンド同士なら、個人のバトルの感覚でバンド・バトルもやっているのでは? で、調べてみると……ありました。
カシオペア『4×4』(アルファ)
演奏:カシオペア[野呂一生(ギター)、向谷実(キーボード)、桜井哲夫(ベース)、神保彰(ドラムス)]、ゲスト:リー・リトナー(ギター)、ドン・グルーシン(キーボード)、ネイサン・イースト(ベース)、ハーヴェイ・メイソン(ドラムス)
録音:1982年10月12日
録音できる時間はわずか9時間。6人から8人による一発録音。熱い演奏は、このプレッシャーから生まれたのか。
ジャズで「グループ・サウンドが売り」といえばフュージョンですが、日本を代表するフュージョン・グループ「カシオペア」が1982年にやっていました。アルバムは『4×4(フォー・バイ・フォー)』で、相手は同じ楽器編成のリー・リトナー・グループ。アルバム・タイトルは「4人対4人」ですが、まさに「1バンド対1バンド」のバトルを繰り広げています。
当時カシオペアはレコード・デビューから3年目、この『4×4』は人気絶頂の時期の7枚目のアルバムになります。カシオペアはデビュー以来、メンバー個人のセッション活動はほとんどなく、それが確固たる「グループの人格」を形成していました。相対するリー・リトナー・グループは来日公演のための(おそらく)臨時編成ですが共演経験も多く、音楽からは「リトナーのグループ」を超えた結束力が感じられます(のちにドン・グルーシンを除く3人は、「フォープレイ」を結成する間柄)。
オリジナルLPのライナーノーツには、録音スタジオの楽器配置図が載っているのですが、同じ楽器がそれぞれ向かい合っているという「勝負体勢」になっていました。ブースに入っているのはドラムスだけですので、オーヴァーダビングなしの一発録りのようです。収録全6曲、各曲で各楽器のバトルという見せ場がありますが、やはり圧巻は全員参加の1曲「ギャラクティック・ファンク」。これはカシオペアの既発表の人気曲ですが、8人用にアレンジし直されています。ライナーノーツにはなんとこの曲のスコアがついています。それを見ると、テーマとキメの部分はカシオペアらしくじつにきっちり8パートが書き込まれているのですが、ソロの部分はコードネームとタイムだけのほぼ真っ白の「バトル仕様」になっています。テーマの後は同じ楽器同士のソロのチェイスが展開されるのですが、リズム・セクション込みのチェイスになっていたりと、まさにバンド・バトル。ともに「ハメをはずさない」イメージのあるカシオペア、リトナーの、これはそこからもっとも離れた異色の一作といえるでしょう。ちなみに、録音はリトナー・グループのスケジュールがなかなかとれず、来日の翌日、なんと9時間しかなかったとライナーノーツにあります。それにもかかわらず、事前リハーサルなしでキメもバトルもすばらしい演奏をしているというのには驚きです。
それからずっと後になりますが、カシオペアは2004年にはライヴで「バンド・バトル」を行なっています。相手はザ・スクェアで、その演奏は『CASIOPEA VS THE SQUARE LIVE』(ソニー)で聴くことができます。そこではバンド・バトルのほか、楽器ごとのバトル曲が演奏されていますが、ドラム・バトルの神保彰作曲「ミッド・マンハッタン」は、『4×4』で神保とハーヴェイ・メイソンがバトルしていた曲(それが初出)でした。リトナー・グループとの「対決」は、カシオペアに大きな印象を残していたのでしょう。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。