文・写真/梅本昌男(海外書き人クラブ/タイ・バンコク在住ライター)

従来のサーカスの姿を破った新しいスタイルが特徴。(C)Phare  Crcus

東南アジアの国、カンボジア。世界遺産のアンコール・ワット寺院が有名ですよね? アンコール遺跡群観光の拠点となるのがシェムリアップという町。今、そこで世界中から脚光を浴びるサーカス劇団があります。フランス語で灯台を意味する『ファー』です。専用テント劇場を構えて2013年から活動を続けています。このサーカスの話をする前に……。

カンボジアにはアンコール遺跡群の他にも、先日記事を書いた“天空寺院”のプレアビヒア寺院やサンボー・プレイ・クック寺院と周辺区域の3つの世界遺産があります(https://serai.jp/tour/1112321)。いずれも、6世紀のチェンラ王国に始まり、9~15世紀まで続く巨大な王国を築いたクメール王朝の遺した物です。王朝の繁栄を背景にアンコールワット寺院のような建築だけでなく、舞踏や音楽など様々な文化が花開きます。

コロナ禍が明けてアンコールワット寺院にも観光客が。

カンボジアに観光に行き遺跡群を見て周ると、その圧倒的なスケールや建築技術、精緻な彫刻などで、当時の文化の高さを肌で感じることができます。

しかし、その素晴らしいクメール文化の伝統は、極左過激派のクメール・ルージュによって失われてしまいます。リーダーであるポルポトは150~200万人の同胞を虐殺しましたが、最初に犠牲に遭ったのが芸術家や教育者だったのです。

そのため、今も、国連開発計画の発表する人間開発指数(*)で世界190か国中で145位という結果になっています。ちなみに同じ指数で日本は19位になっています。

*健康長寿、知識へのアクセス、人間らしい生活水準という、人間開発の 3 つの基礎次元を評価する総合指数。https://www.undp.org/ja/japan/publications/hdr2021-2022

現在、小学生の就学率は約98%まで伸びていますが、公立校は午前か午後の半日授業制で勉強時間は短く、家庭の事情によりちゃんと学校に通えていない子供も沢山います。

カンボジアの伝統音楽や舞踏も盛り込まれるショー。(C)Phare  Crcus

教育や文化の発展がカンボジアの抱える課題の一つなのです。そんな中、1994年に設立されたのがNGO学校の『ファー・ポンルー・セルパク・アソシエーション(PPSA)』です。クメールルージュ時代、カンボジアの人の多くが様々な国に逃げ、難民となりました。そこから帰って来た9人の若い芸術家たちが、ストリート・チルドレンのためのセラピーとして絵画教室を開くことから始まった学校です。

現在は絵画だけでなく、演劇、舞踏、音楽などを教えると共に、経済的に恵まれない子供たちのために一般教育や職業訓練授業も行っています。

シェムリアップの町の郊外にテントを立てて公演を行っている。(C)Phare  Crcus

この学校の卒業生たちの一部は、先述の『ファー』の舞台で活躍しています。サーカスといっても従来通りの物ではありません。

PPSAでみっちり訓練を積んだパーフォーマーたちが舞台に立つ。(C)Phare  Crcus

例えば代表的な演目である『ソカ』。クメール・ルージュの虐殺を生き抜いた一人の女性が主人公です。友人たちとの遊びの風景をアクロバティックな演技で描写したり、暗黒の時代への変化をライブ・ペインティングで表したり、この国が闇に閉ざされた時代を舞踏で表現したりと、様々な芸術ジャンルを活用しながら、カンボジアの歴史を語っています。

私も鑑賞しましたが、観客の中にはすすり泣く人が大勢いました。他の演目も、差別や文化差異などカンボジアの抱える問題をショーを通じて物語っています。

クメールルージュ以前の人々の日常風景を描くこともある。(C)Phare  Crcus

収容人数約300の劇場は連日満席、有名な旅行口コミサイトの「トリップアドバイザー」では1万2千以上の投稿があり星5つの最高評価を受けています。

また、この団体はサステナビリティをテーマにしていて、財政面、雇用面、文化面でカンボジアとカンボジア人が一人立ちしていくことが最終目標になっています。『ファー』という劇団名通り、カンボジアの将来を照らしていく“灯台”なのです。

昨年11月には24時間連続公演に挑み、見事、ギネス記録に認定されました。カンボジアを訪れたら是非観てください!

ファー公式ホームページ:https://pharecircus.org/

文・写真/梅本昌男
(タイ・バンコク在住ライター)。タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌アゴラなどに執筆。観光からビジネス、グルメ、エンタテインメントまで幅広く網羅する。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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