取材・文/山内貴範
駅舎のリノベーションで地域も変わる
JR九州の「ななつ星 in 九州」など、数々の鉄道車両を手掛けてきた工業デザイナーの水戸岡鋭治さん。水戸岡さんの仕事は、車両をデザインするだけにとどまらない。「地域に愛される鉄道をつくるためには、駅、ホーム、駅前広場まで、トータルでデザインすることが大事」と話す水戸岡さんが1990年代から現在まで取り組んできたのが、九州に残るローカル線の駅舎の改修である。
「九州最古の木造駅舎の一つである嘉例川駅など、各地にこれはいいなと思う駅はたくさんあります。そうした駅を少し手直しすることによって魅力を向上させていけば、駅を見るために遠くから来てもらえる、そんな施設に変えられるのではないかと思っています」
水戸岡さんが手掛けた「ななつ星 in 九州」や「36ぷらす3」などの観光列車は、そうした魅惑の駅が残るローカル線を走ることが多い。駅では長時間停車して、お客さんに駅の構内を見学してもらい、時には周辺を歩いてもらうようにしている。
取り組みを続けているうちに、地域に変化が起こった。列車の停車時間に地元の人たちが駅を訪れ、歓迎してくれるようになったそうだ。こうした鉄道が地元に愛される仕掛けづくりにも、水戸岡さんは一貫して情熱を傾けてきた。
岐路に立つローカル線
近年、利用者の少ないローカル線を整理する動きが各地で起こっている。今年3月には、北海道の留萌本線の一部区間の廃線が決まった。長引くコロナ禍で鉄道利用者は減少し、さらに地方の過疎化や少子化の進行がローカル線の見直しに拍車をかけているようだ。水戸岡さんはこうした兆候を歯がゆい思いで見ながら、こう提言する。
「日本では、赤字で手間もかかるローカル線をなくす傾向にありますが、ヨーロッパは鉄道を見直し始めているんです。まず、安全安心に人を運べるということ。車や飛行機と比べたら二酸化炭素の排出量も少なく、昔からある線路を使えば環境破壊にもなりませんから、環境保全のためにこれほど優れた乗り物はない。なにより、様々な乗り物の中でも移動中も含めて豊かな時間を提供できるのは、鉄道しかないと思います」
そして、なんといっても鉄道は観光客を呼ぶために有効なのだ。水戸岡さんがデザインしたJR九州の列車は世界中の観光客を引き付け、九州の観光を牽引する原動力になってきたことは承知の通りである。「ななつ星 in 九州」は久大本線、肥薩線など各地のローカル線を走り、その魅力を再発見する機会を提供してきた。水戸岡さんが言う。
「ローカル線は風光明媚な場所を走っていることが多いんです。特に九州の場合は、沿線に日本の原風景を感じられる場所がたくさんある。車窓からそうした風景を楽しめるなんて、これほど特別な時間はないと思いませんか」
ローカル線は地域の財産である
鉄道は地方にとってかけがえのない財産であると、水戸岡さんは言う。ローカル線は、一度廃線にしてしまうと、復活させることは極めて難しい。JR可部線の一部区間のように廃線後に復活した例もあるが、これは奇跡的な事例と見るべきだろう。貴重な資源を簡単になくしてしまっていいのだろうか。
ローカル線を取り巻く問題をどのように考えていくべきか。短期的な目線ではなく、長いスパンで将来を見据えながら行動することが必要だと、水戸岡さんが話す。
「今は苦しいかもしれないけれど、鉄道会社と地域の皆さんは、一生懸命ローカル線を守ってほしいです。コロナ禍が収束した先、10年、20年後の世界の観光客は、きっと日本の歴史文化を見るためにローカル線に乗るようになる。そうなれば、今は日陰の存在であるローカル線が、脚光を浴びる日が来ると思います。2022年は鉄道150周年という歴史的な節目です。鉄道の価値と、役割を考え直すには、絶好のタイミングだと思っています」
水戸岡鋭治(みとおか えいじ)
昭和22年、岡山県生まれ。クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」ほか観光列車、九州新幹線など、数多くの鉄道車両、駅舎などを手がけ、鉄道に新しい時代をもたらしている。菊池寛賞、ブルネル賞など受賞多数。