【もう君はいない】「妻が“卒婚したい”と言ってきた…」妻から別居を提案された夫の後悔～その２～

取材・文／沢木文

結婚25年の銀婚式を迎えるころに、夫にとって妻は“自分の分身”になっている。本連載では、『不倫女子のリアル』（小学館新書）などの著書がある沢木文が、妻の秘密を知り、“それまでの”妻との別れを経験した男性にインタビューし、彼らの悲しみの本質をひも解いていく。

＊　＊　＊

お話を伺ったのは、隆英さん（仮名・60歳・会社員）。隆英さんの妻（60歳）は、結婚32年目の昨年5月、コロナ禍中の誕生日に「卒婚する」と宣言し、一人暮らしを始めた。60歳にして、ひとり取り残された隆英さんは、“孤独の底”を感じたという。

【その１はこちら】

10日間の夏休み、クルマで故郷に帰った

事態が好転するきっかけをつかんだのは、夏休み。10日間という前代未聞の長さの休みが言い渡された。

「仕事もリモートになっているから、いくらでも休める。それなら山陽地方の故郷までクルマで行ってみようかなと思い立った。妻も2人の娘も車酔いが激しく、ドライブを嫌がっていたので、帰省はいつも新幹線だった。僕は運転が好きなので、一度やってみたかったんだよね。せっかく一人になったんだから、やってみようと」

コロナで空いていると思いきや、夏は想像を絶する大渋滞だった。

「妻は、渋滞すると、すぐにイライラして、僕に“だからクルマは嫌なのよ”と言ってきていた。そんなこと忘れていたけどね(笑)。まあ、東名が3か所事故があって、静岡を抜けるまで7時間くらいかかった。でも、自分のペースで運転できるからストレスはなかった。そのときに“妻が求めているのはこれだったんだ”と受け入れることができた。自分のペースで生きる。このことだったんだよね」

その日は、大阪で一泊し、翌日の夕方地元に着いた。両親はとっくに他界しているし、親戚もいないので、地元のビジネスホテルで三連泊した。

「行き当たりばったりの旅って楽しいね。同級生がやっているお店に行ったり、高校時代を過ごした街の気配を感じるのは楽しかった。普段は絶対聞かない歌謡曲を聞いてね。サブスクって便利。当時は、レコード1枚3000円だから」

音楽は記憶と結びついている。隆英さんは、ある歌謡曲を聴きながらある女性を思い出す。

「初恋の人？　違う。初恋の子は同窓会のときに何度も会っていた。でも、この時まで全く忘れていたのが、”初めてした”女性。高校3年生のときに、何かの間違いのようにしてしまった。彼女は4歳上の兄の同級生で、地元の国立大学に通っていた。すごく優秀な人なのは知っていたけど……あれは夏で、両親は出かけていて、兄の帰宅が遅かった。彼女は同窓会の実行委員会で僕のことを知っていた。実家の私の部屋の埃っぽいにおいと、彼女の汗と肉感。石鹸っぽい甘酸っぱいにおいと、異性の肌の心地よさ。彼女は毛深くて、近くで見ると背中や胸にも薄く産毛が生えていた。異性に対して憧れがあっただけに、生々しかったというか、なんというか……その後、どんな態度を取っていいか全くわからなくなって、そのままになってしまった。18歳の男なんて自意識の塊なものだからね。相手にもずいぶん失礼なことをしてしまったと思う。彼女が生きていたら、64歳。時間もあるから、探してみようと思った。いわゆる“探偵ごっこ”ってやつ」

母校に電話し、卒業アルバムを見せて欲しいと問い合わせる。しかし「個人情報に絡むので、絶対にお見せできない」と断られる。

「兄も同じく上京し、僕以上に引っ越しをしているから、卒アルなんて持っていないだろうと思って、ダメ元でLINEしたら、持っていた。電話をして、彼女のことを聞いたら覚えていた。名前を聞いて検索してみたけれど、何も出なかった。帰宅したら写真を撮って送ってくれると言ったので、じりじりしながら待った。こんなに何かを待ち遠しいと思ったのは久しぶりすぎて感動した」

社会的地位があると、周囲が先回りして、隆英さんの求めるものを、目の前に置くようになり、それがやがて当然になる。必要な情報は検索でたやすく得られる。渇望することはほぼない。

【会いに行ってよかったのか、会わなければよかったのか。次ページに続きます】