
風が吹くと指先や耳がツーンと痛くなる、そんな厳しい寒さがやってきました。動物たちは冬眠を始め、春の訪れまで長い長い眠りにつきます。葉を落とした木々が並ぶ街は、なんだか寒々とした雰囲気をまとっているようです。一年の終わりにさしかかり、カレンダーを見ては、月日の経過を意識させられる時期でもあります。
さて今回は、旧暦の第21番目の節気「大雪」(たいせつ)について下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。
大雪とは?
2025年の「大雪」は、【12月7日(日)】にあたります。「大きな雪」と書くことからわかるように「雪がたくさん降る時期」という意味が込められています。本格的な雪の季節が始まり、冬将軍の到来を告げる時期とされます。
冬の入り口である「大雪」は、自然の変化を感じる大切な目安。雪が降り積もりはじめるこの季節には、寒さが厳しくなるだけでなく、年の瀬の気配や新年の支度も少しずつ始まります。七十二候でも、動物が冬眠に入ったり、熊が穴ごもりする様子が描かれ、自然界の静寂と準備の時期であることがうかがえます。
七十二候で感じる大雪の息吹
大雪の期間は、例年【12月7日ごろ〜12月21日ごろ】。七十二候ではこの時期をさらに三つに分け、自然の細やかな変化を映し出しています。
初候(12月7日〜11日頃)|閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)
天地の陽気がふさがり、本格的な冬が到来する頃。
次候(12月12日〜16日頃)|熊蟄穴(くまあなにこもる)
熊が冬ごもりに入る時期。動物たちの動きが止まり、自然界も眠りにつきます。
末候(12月17日〜21日頃)|鱖魚群(さけのうおむらがる)
鮭が産卵のために群れをなして川を遡上する様子を表しています。
大雪を感じる和歌|言葉に映る大雪の情景
皆さま、こんにちは。絵本作家のまつしたゆうりです。ますます冷え込むこの季節、今月はいつか見た記憶を思い起こすような、この歌をご紹介します。
沫雪(あはゆき)の ほどろほどろに 降りしけば 奈良の都(みやこ)し 思ほゆるかも
大伴旅人(おおとものたびと)『万葉集』1639
《訳》淡雪がほとほととまばらに降り敷くと、奈良の都が偲ばれるなあ。
《詠み人》大伴旅人。奈良時代の貴族。征隼人持節大将軍に任命され反乱の鎮圧にあたった武門の一族。彼の歌は感情表現がストレートに伝わってきて、初心者でもスッと心に入ってきやすい歌が多くオススメです。

「ほどろ」という言葉が耳慣れないですが、なんとなく大きな牡丹雪が「ふわりとぼとりの間」くらいの質量でほとほとと落ちてきているような、そんな感覚を思い出しながら読んでいました。
改めて調べてみると「ほどろ」とは「はだれ(まだら)」のこと。そうだとしたら、あの目の粗い牡丹雪がぼわりと落ちてきて、地面がまだらに薄化粧していく様がぴったりだなあと、よくこの音を思いついたなと驚きとともに嬉しくなりました。
「この感じの言葉が無い!」と、たまにもだもだしたくなる時があります。例えば素敵な絵画を鑑賞したあと、お腹がいっぱいになるような感じで頭がいっぱいになってしまうあの感覚。美しさと怖さの間にあるような、凄絶な夕焼けを見た時の感覚。それを伝えたいのに、ぴったりの言葉がない。
言葉を連ね重ねてもいいのだけれど、できれば一言で伝えたい。それは「この感覚」が、誰かとの間に齟齬なくスッと伝わってほしい、という気持ちがあるからなんだと思うんです。
万葉の頃の人々は「歌を詠む」ことを通して、「この感覚」にぴったりの言葉を見つけたり、生み出したりの遊びをしていたのかもしれないなと思うと、今の私たちももっと「自分の心にぴったりくる言葉」を見つけたり、生み出してみたりしてもいいんじゃないかなあ。と思いつつも、誰もがそんな言葉を生み出せる分けじゃあないですよね!
そんなとき、失われてしまった言葉に、ぴったりくる言葉が見つかるかもしれないなと、この歌を通して気付きました。
あの牡丹雪が斑に降る感じはもう「ほどろほどろ」にしか見えない。言葉が広まるということは、「この感じ」に周りが共感してくれたからだと思うんですよね。その言葉がある、ということは、多くの人がその感覚を感じて「伝えたい」「共有したい」と思っていたということ。
言葉は単に「意味が通じる」だけのものでなく、素敵なものを伝えたり広めたり、共感したりするツールだったな、ということを今一度、意識してみませんか?
きっと今のあなたの「この感じ」に、もっとぴったりくる言葉が自分の中から湧いてきたり、いにしえの歌の中から見つかるかもしれません。
「大雪を感じる和歌」文/まつしたゆうり
大雪に行われる行事|正月を迎えるための心ととのえ
大雪の頃は、本格的な冬の訪れとともに、新しい年を迎える準備が始まる時期でもあります。古来より伝わる行事には、自然への敬意や感謝、そして新年に向けた「ととのえ」の心が込められています。
正月事始め
毎年12月13日にある行事は「正月事始め(しょうがつことはじめ)」です。読んで字のごとく「正月を迎える準備を始めること」を指し、昔はこの日に門松やお雑煮を炊くための薪など、正月に必要な木を山へ取りに行く習慣があったとされます。
下鴨神社の「事始め」は、御薬酒・若水神事が該当します。大炊殿の横にある御井(みい)から汲み上げた若水を京都の料理屋さんや和菓子屋さんに授けて、御神水をもとに新年に向けて調進していただくという神事です。
煤払い
12月13日は、婚礼以外は万事に大吉とされる「鬼宿日(きしゅくにち)」にあたることから、新年の準備を始めるのにふさわしい日とされてきました。今でも各地の寺社で、この日に煤払い(すすはらい)などの行事が行われています。
「煤払い」とは、家の煤を払い、内外の掃除をする行事です。神社仏閣で行われる際には、ほうきでは無く、神具とされる笹竹の先に葉や藁(わら)を付けたものを使い、本殿や正門などの埃を取り除いていきます。これを「清め竹」という地域もあります。
このことからわかるように、煤払いには掃除だけでなくお清めの意味も込められているのです。

大雪に見頃を迎える花|寒中に咲く、心温まる冬の彩り
大雪のころは、草木が葉を落とし、自然が静かに冬の眠りにつく季節。それでもなお、寒さに負けずに可憐な花を咲かせる植物があります。その凛とした美しさは、冬の景色にひとときの温もりと風情を添えてくれます。
冬の椿
冬が深まるにつれ、椿の花もその姿を変えていきます。斑(ふ)入りの葉を持つことで知られる「太神楽椿(だいかぐらつばき)」や、淡い桃色に紅の細かな絞り模様が美しい「吾妻絞(あづましぼり)」など、冬ならではの茶花としても楽しまれています。
椿は『万葉集』の時代から多くの和歌に詠まれてきた花でもあり、特に近世以降は、茶人たちにこよなく愛されてきました。寒さの中に咲く気高い佇まいが、茶の湯の精神にも通じるものがあるのでしょう。

大雪の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む
寒さが厳しくなる大雪の頃は、身体を内側から温める滋味深い味覚が豊かに揃います。冬野菜や旬魚、そして趣深い和菓子など、寒さのなかにぬくもりを感じる「ごちそう」を通じて、冬を味わい尽くしましょう。
野菜|小松菜
寒さにあたることで甘みが増し、柔らかな葉が美味になる小松菜は、冬の定番野菜。東京都江戸川区の小松川が名の由来とされ、江戸時代には将軍にも献上されたと伝えられます。鉄分やカルシウムが豊富で、炒め物や煮びたし、味噌汁の具など幅広く使えます。
魚|鱈(たら)
「たらふく」という語に「鱈腹(たらふく)」の字をあてるほど、大食漢として知られる魚、鱈。旬を迎える大雪の頃は、寒さで身が締まり、淡白ながら奥深い旨みが楽しめます。鍋物、ムニエル、煮付け、すり身にしても絶品。栄養価が高く、低脂肪・高たんぱくの優等生です。

京菓子|柴の雪
冬に暖を取るために束ねた薪の上に雪が積もった情景を表した生菓子が「柴の雪」です。
炊きたてのこし餡に黒糖を加えてつくる「黒糖きんとん」をそぼろ状にし、白餡の玉を包んで成形します。その上に、芋の練り切り生地を重ね、雪の積もった薪のような姿に仕上げます。さらりとした口どけが魅力の冬限定の一品です。

写真提供/宝泉堂
まとめ
下鴨神社の糺の森と京都御苑(京都御所)は、京都市内で最後に紅葉が訪れる場所として知られています。「大雪」の時期、数年に一度の割合ですが、紅葉と初雪が重なることがあります。そんな滅多に見られない光景が見られるのは、「大雪」の時期のみの楽しみです。
●「和歌」部分執筆・絵/まつしたゆうり

絵本作家、イラストレーター。「心が旅する扉を描く」をテーマに柔らかで色彩豊かな作品を作る。共著『よみたい万葉集』(2015年/西日本出版社)、絵本『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』(2014年/(公財)アイヌ文化財団)など。WEBサイト:https://www.yuuli.net/ インスタグラム:https://www.instagram.com/yuuli_official/
監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/菅原喜子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook











