
ふと木々を眺めると、紅葉が見頃を迎え、次第に落ち葉が舞い始める季節になりました。木枯らしが吹き、初雪の知らせが聞こえてくる晩秋から初冬への移り変わりは、ほんの少し、もの悲しい雰囲気も漂うものです。しかし、こうした自然の変化も、意識しなければつい見逃してしまいそうになります。
古来より日本人は一年を七十二の「候」に区分して、季節のうつろいを楽しんできました。季節の変化を感じづらくなった今だからこそ、旧暦の二十四節気を軸にして季節を愛でる機会を持つことで、「季節感」の衰えを防げられるのではないでしょうか?
さてこの記事では、旧暦の第19番目の節気「立冬」(りっとう)について、下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。
立冬とは?
2025年の「立冬」は、【11月7日(金)】にあたります。「冬が立つ」と書く「立冬」から、暦のうえでは冬の季節が始まります。空は冴えわたり、朝晩の冷え込みがぐっと深まる頃。北国では初雪の便りが届き、木枯らしが吹き抜ける中に、季節の変わり目をはっきりと感じられる時期です。
また、立冬といえば「こたつ開き」の合図でもあります。江戸時代には、陰暦10月の「初亥(はつい)の日」にこたつを出す習わしがありました。火事の多い江戸では、「亥の月亥の日にこたつ開きをすれば、火難を免れる」という言い習わしがあったそうです。
一方、木々の紅葉もいよいよ鮮やかに色づく頃。黄金色の銀杏や、深紅に染まる紅葉が目を楽しませてくれます。
冬の訪れを感じつつも、秋の余韻にひたることができる……そんな「立冬」は、まさに季節のはざまを味わう特別なひとときです。

七十二候で感じる立冬の息吹
立冬は、七十二候(しちじゅうにこう)でさらに三つの時候に分かれます。それぞれの自然現象が、日本人の季節感を豊かに育んできました。
初候(11月7日〜11月11日頃)…山茶始開(つばきはじめてひらく)
山茶花(さざんか)が咲き始めるころ。ここでいう「つばき」とは、ツバキ科の山茶花のことです。寒さが増す中に、ほっとする彩りを見せてくれます。
次候(11月12日〜11月16日頃)…地始凍(ちはじめてこおる)
地面が凍り始めるころ。霜柱が立ち、朝の冷え込みが肌に染みる季節。
末候(11月17日〜11月21日頃)…金盞香(きんせんかさく)
水仙(すいせん)の花が咲き、香りを放ち始めるころ。凛とした冬の気配を運んでくれます。
立冬を感じる和歌|言葉に映る立冬の情景
皆さま、こんにちは。絵本作家のまつしたゆうりです。冬の初めのこの頃、いかがお過ごしでしょうか? 今回ご紹介するのは、寒さをほわっと和らげてくれるような紅葉の歌。
黄葉(もみちば)を 散らす時雨(しぐれ)に 濡れて来て 君が黄葉(みもち)を かざしつるかも
久米女王(くめのおおきみ)『万葉集』1583
《訳》紅葉を散らしてしまう時雨に濡れながら来ましたけれど、あなたが手折ってくださった紅葉をかざすことができました。
《詠み人》久米女王。詳しいことは分かっていない、ミステリアスな女性皇族。

「春と秋、どっちがいい!?」の議論が行われるくらい人気を二分する季節のひとつ、秋。そんな秋によく愛でられていたのが、赤や黄色に色付く木々の葉の美しさです。当時は紅葉のことを「黄葉」と表記していました。今の「紅葉」が黄〜赤の「緑以外」を指すように、当時の「黄葉(もみち)」も同じような意味で使われていたそう。そんな黄葉を髪に「かざす」歌が何首も残っています。
季節ごとの花や葉を頭に「かざす」のは、男女問わず万葉人の人気のオシャレのひとつ。「植物の力を得るため」という呪術的な意味合いがあったのではとする説もありますが、真珠や金属などの人工のアクセサリーだけでなく、自然の草花を重要なアクセサリーとして扱っていた、その童心のような感覚がとても好きなポイントです。
この歌では、「大好きな人が自ら手折って贈ってくれた」とあります。それは自分で折ってかざすより、何倍も嬉しい出来事だったのでしょう。歌では「時雨で濡れちゃったけど、あなたが手折ってくれた紅葉をかざすことができた!」と喜んでいます。
皆さまもありませんか? 自分で買えるものだけど、サプライズで好きなものをプレゼントされたこと。自分で作れるけど、疲れて帰ってきた日にご飯が用意されていたこと。
それが「ちょっとがっかりする出来事があった日」だったりしたら、なおさら嬉しいですよね! この歌も、そんな何気ない日常の「特別な嬉しさ」を詠んでいるように思えるのです。
気合いを入れたプレゼントももちろん嬉しいけれど、こういう何気ない優しさの積み重ねが、相手への信頼や愛情になるんだなと思います。
そんな「思いやり」を発動するためには、自分のことでいっぱいいっぱいになっていては無理だし、自分を削って相手に尽くしたら疲弊してしまうもの。自分を満たした「余白」で、こんな風に「雨にうたれてしょんぼりしている誰か」に、そっとモミジを手渡せる人であれたらいいなと思うこの頃です。
皆さまには、モミジを贈りたくなる相手はいますか? パッと思い浮かんだその人に、あたなの手折れるモミジを手渡してみて欲しいなと、その先に生まれる物語に心を馳せ、素敵な展開に願いを込めて。
「立冬を感じる和歌」文/まつしたゆうり
立冬に行われる行事|成長への感謝と神事
立冬の時期に行われる行事を2つ紹介します。
七五三
11月15日に行われる七五三は、立冬の時期とも重なります。秋が深まり冬の気配が近づくこの頃、神社には子どもたちの晴れ着姿が彩りを添えます。
数えの年齢で、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の時に、神社に詣でる日本の習慣の一つです。この文化は子どもが無事に育ちにくかった江戸時代に始まり、我が子が無事に育ったことを神さまに感謝する意味合いがあります。
着物や袴姿で千歳あめを手に持ってお参りをする子どもの姿は、古くから続く親の愛の現れともいえますね。

御火焚(おひたき)
京都では12月中旬ごろまで、各神社にて「御火焚」(お火焚祭、お火焚き祭など)が執り行われます。元々は旧暦11月8日を中心に斎行されました。御火焚は、宮中の内侍所(ないしどころ)の御神楽(みかぐら)や、京都の民家の風習として行われていたものです。
しかし、火事を防ぐため、火を扱わなくなり、各家庭での御火焚は江戸時代末期には絶えたとのこと。古くは「おほたき」と呼ばれ(江戸時代に入ってから、おひたき)、新穀や御神酒がお供えされ、御神前の浄火を松明などに移して、護摩木などに灯されます。そして、神楽などが奉納されます。
祖霊の御霊を慰めるため、または農作物収穫の感謝のためと考えられています。
立冬に見頃を迎える花
秋から冬へと向かう立冬の時期、草木は葉を落とし、自然は静けさを深めていきます。そんな中でも、凛としたたたずまいで咲く花々があり、季節の変わり目に彩りを添えてくれます。ここでは、立冬に見頃を迎える代表的な植物をご紹介します。
山茶花(さざんか)
立冬の時期に花を咲かせるのは、山茶花。山茶花は照緑樹で、椿にそっくりですが、山茶花の葉の方がやや小さく、ギザギザしている場合が多いです。一番大きな違いは花の散り方。椿が花ごと落ちるのに対して、山茶花の花びらは一枚ずつはらりと散るのが特徴。開花時期である立冬なら、その見分けがつきやすいでしょう。

石蕗(つわぶき)
日陰でも育つ丈夫な多年草で、艶のある大きな葉と、鮮やかな黄色の花が特徴の石蕗。11月初旬の立冬の頃、ちょうど開花のピークを迎えます。
その姿はまるで、冷え込む季節のなかでぽっと灯った陽だまりのよう。茶花や生け花としても親しまれ、和の空間にしっとりとした趣を添えてくれます。

立冬の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む
冬の入口にあたる「立冬」は、寒さが本格化する前に、身体を整えておきたい時期。そんな季節の変わり目にぴったりの、滋味深い旬の味覚が登場します。自然の恵みをゆっくりと味わいながら、冬の訪れを迎えましょう。
果物|温州(うんしゅう)みかん
江戸時代初期、中国からもたらされた種子がもととなり、偶然誕生したとされるのが「温州みかん」です。種がなく皮も薄いため手で簡単にむけるのが特徴で、甘みとほどよい酸味のバランスが絶妙。子どもから高齢者まで幅広く親しまれてきました。
晩秋から冬にかけて旬で、こたつとみかんは冬の風物詩として今もなお愛されています。食物繊維やビタミンCが豊富で、風邪予防や美容にも効果的。手軽に冬の恵みを味わえる、まさに日本の家庭に根づいた果物です。
魚|毛蟹(けがに)
北海道などの寒冷地で水揚げされる毛蟹は、まさに旬。身は小ぶりながらもぎっしりと詰まり、甘みと旨みが凝縮されています。特に珍重されるのが「蟹みそ」で、濃厚でコクのある味わいが酒の肴としても絶品です。
蒸してそのままいただくのはもちろん、甲羅焼きや蟹雑炊などでも楽しめます。

京菓子|秋日和
栗飯、栗きんとん、栗羊羹、甘露煮、マロングラッセ、モンブラン……など、和洋問わず、用途が極めて広い栗。古来より村祭りや祝事、正月料理などと密接なつながりを持ってきました。
京都では、立冬の時期になると栗を使った「秋日和」をいただきます。「秋日和」は、実りの時期を迎えた毬栗(いがぐり)が裂けて、栗が顔を覗かせた姿に見立てた生菓子です。こうした状態を『栗が笑(え)む』といいます。
上部に甘露煮にした丹波栗をのせた菓子は、栗が収穫されるこの時期にしかいただけないものです。

まとめ
冷たい風に頬を撫でられ、木々の葉が色づき、こたつの温もりが恋しくなる——そんな自然の移ろいを感じることで、季節の変化に心を寄せる日本人らしさが育まれてきたように思います。
冬支度を始めるこの時期、和歌や花、旬の味覚を通して、心と体の両面で季節を取り込んでみてはいかがでしょうか。日常の中に潜む立冬の美しさが、きっと見つかるはずです。
監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com
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構成/菅原喜子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook











