“蜂屋” は重労働だ。ここぞという日の朝は、蜂蜜が隠し味のご飯とルウのビーフカレーが、女性養蜂家の活動を支える。
【尾形玲子さんの定番・朝めし自慢】
「今はコスト面から9割近くが定地養蜂に変わってきていますが、“蜂屋” の本道は転地養蜂。うちでは父の代から県外転地です」
というのは、『ひふみ養蜂園』の2代目・尾形玲子さんである。同園では1月、南房総の枇杷の花や菜の花に始まり、6月に入るとアカシアや栃の花を求めて東北地方に転地するという。
昭和20年、父・一二三多作さんが青森で養蜂修業を始め、同25年に越冬のために訪れていた千葉県館山に拠点を移したのが『ひふみ養蜂園』の始まり。それが縁で今も冬の到来を前に、東北地方から60近くの養蜂業者がこの地を訪れる。温暖な地で越冬することで、元気な蜜蜂に育てるためだ。
少女の頃から養蜂家を身近に見てきた尾形さんだが、自分が後を継ぐとは思いもしなかったという。
「父が高齢で思うように動けなくなった。けれど蜂は生き物なので、放っておくわけにはいかない。ふたりの子どもを抱えて、この道に入ったのは30歳の時でした」
蜜蜂は女王蜂を中心に社会生活を営んでいること、情報伝達手段をもっていることなど、蜜蜂の素晴らしさに気づいたのは、それから10年ほどしてからである。
アスリートなみの朝食
“蜂屋” は重労働である。アスリートなみの体力が必要だ。その点、中学・高校とバスケットボールに打ち込んだ尾形さんは体育系女子。机の前に座っているより、体を動かしているほうが性に合っている。
「かつて毎朝カレーライスを、と語ったイチロー選手なみに、私も蜂場のある山に入る日は、朝からビーフカレーです」
そのカレーのルウには蜂蜜を入れる。カレーにチャツネを入れて味を調えるように、蜂蜜がコクを増すと同時に、まろやかに仕上げてくれるからだ。米2〜3合にも蜂蜜小さじ1杯を入れ、30分ぐらい置いてから炊く。ツヤツヤした美味しいご飯に炊き上がるという。
6月上旬、尾形さんはアスリートなみのビーフカレーの朝食を摂り、アカシアの花を求めて、秋田へと旅立っていった。
蜜蜂が自然界から集める恵みを味わい、知り、体験する
『ひふみ養蜂園』では20か所ほどの山の蜂場で、800〜1000群(箱)の蜜蜂を飼っている。1群に平均2万匹ぐらい棲むが、1匹の蜜蜂が一生で得る蜂蜜の量はティースプーン1杯ほどだ。
「今、国産蜂蜜の国内流通量は5%ぐらい。養蜂園と謳いながら蜂を飼わず、安価な外国産蜂蜜を販売するところもなくはありません」
その国産の純粋蜂蜜をもっと知ってほしいと、7年前に『蜂の駅カフェ123(ひふみ)』をオープンした。ここでは純粋蜂蜜を使った、体に優しい料理が楽しめる。
蜜蜂が自然界から集めてくるものは蜂蜜だけではない。ローヤルゼリーは一口でいえば女王蜂の特別食。若い働き蜂が分泌する粘液で、人間にも更年期症状などに効果があるという。プロポリスは蜜蜂が集めてくる植物の樹脂のこと。殺菌力があり、天然の抗生物質の役割が期待される。その他、蜜蜂が作り出す天然の蠟でできた“蜜蠟ラップ”の作り方教室もある。
昨今の環境の変化は蜜蜂が教えてくれる。蜜蜂が元気に育つ環境はまた、人間をも健すこやかにしてくれるという。
※この記事は『サライ』本誌2022年9月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 (取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆)