主婦として家族のために丁寧に料理を作り、46歳の時に料理研究家となった故・鈴木登紀子さん。96歳で逝去するまで、料理教室で料理を教え、数々のレシピ本を手がけました。そんな登紀子さんはこう言います。「料理は“手間”ではないの。命と心を育む大切な人間の営みなのです」。登紀子さんの著書『『誰も教えなくなった、料理きほんのき』から、食べる人のことを想い、お腹だけでなく、心も満たす登紀子さんの料理のエッセンスをご紹介します。
指導/鈴木登紀子
揚げものは段取りが重要。時間を見計らって熱々の揚げたてを
私は、定期的に病院にお泊まりして肝臓がんの治療を続けています。また、脳梗塞、膵炎に倒れ、一時生死をさまよいました。膵炎の時は、退院してからもしばらく食欲が戻らず、つねづね「私が『食欲がない』と言ったら、お通夜の準備を始めなさい」と家族に話している私も、「いよいよかしら……」と覚悟を決めました。
しかし、1か月後には食欲も体重もすっかり“回復”。おかげさまで、娘に「おかあちゃま、食べ過ぎよ」と諫められる生活に戻り元気に過ごしております。
さて、ときに、どうしても食べたくなるお料理があります。それは、天ぷら。冬場はこれにかきフライが加わります。さすがにたくさんは食べられませんが、サクッと歯ざわりのよい揚げもののおいしさは格別です。“天ぷら”とは、正式には魚介を揚げたものをいい、お野菜は“精進揚げ”と呼ぶのが日本料理の決まりごとです。現代では、魚介と野菜をまとめて“天ぷら”と呼び、盛り合わせることも多いですが、本来、天ぷらと精進揚げは別々の器に盛るべきで、天つゆは天ぷらに添えるものです。
このような決まりごとは、日本料理のルーツである古代中国の【陰】【陽】思想が土台になっています。奇数を“表(陽)”と定めて「吉」とし、偶数は“裏(陰)”と定めているため、お刺身や天ぷらは3・5・7切れ(または種)など、奇数で盛りつけるのが基本です。ご家庭では、そこまでこだわる必要はありませんが、知識として覚えておかれるとよいと思います。
天ぷら、精進揚げをサクリとおいしく揚げるには、まず旬の魚介と野菜を用意し、食べやすい大きさに切り揃えること。にんじんやごぼうは細切りやささがきにし、何本かまとめてかき揚げ風に。見栄えもよく食べやすくなります。
次に衣ですが、卵にボウルを割り入れ、菜箸で白身を切りながらよく溶きほぐします。そしてここが肝心なのですが、冷水と一緒に小さな氷を1〜2個入れます。しっかり冷やすことで衣が軽やかになるのです。最後に小麦粉を加え、太い菜箸(あるいは菜箸を2膳分合わせる)でざっくりと混ぜます。くれぐれも練らないこと。すこしダマが残っている状態で箸を止めます。
揚げ油ですが、ばぁばは、べに花油を使っています。これまで使った中でいちばんカラッと揚がる気がします。そのほか、一般的な油にごま油を1割程度足すのも風味がよくなります。天ぷら鍋に油をたっぷり入れて火にかけ、菜箸を入れてみて、箸先にすぐ小さな泡が立ったら適温(170〜180℃)です。野菜から揚げて、最後にえびやいかなど魚介を揚げますが、一度にたくさん詰め込まないこと。天ぷらにも“ソーシャル・ディスタンス”が大切なのです(笑)。
水気を制す者、かきフライを制す
さて、「かきフライ」(レシピ【1】)ですが、私にとってかきは“永遠のアイドル”で、かきフライは「フライ界の女王様」。いちばんおいしい食べ方だと思います。「油はねがひどくて焦げやすいし、自分で揚げるのはちょっと……」という方が多いようですが、きちんと水気を抑え、下ごしらえをして油に入れれば、どなたでも外はサクッ、中はプリプリに揚がります。
大根おろしでかきをお掃除してすすいだあと、ざるに上げて水気をよく切り、キッチンペーパーを敷いたバットにかきを並べ、上からもう1枚かぶせて軽く押さえます。ここで水気をしっかり抜くのです。それから小麦粉→溶き卵→パン粉の順で衣を着させていくのですが、パン粉は多めにご用意を。かきを包み込むようにしっかりまぶしてください。かきのヒダヒダの中にもパン粉を入れ、衣で水分を封じ込めます。
最後に、冷蔵庫で15分ほど冷やして準備完了。冷やしながら衣をかきになじませると、カラッとおいしく揚がります。天ぷらもフライも、油に落としたら忙しなく箸で突いたりしないこと。返すのは一度に止めてくださいね。
揚げもののコツ
天ぷらで太い箸を使うのはなぜ?
天ぷらの衣を作るとき、細い箸で混ぜるとグルテンが出てきて粘ってしまい、サクッとならない。太い菜箸で軽く混ぜるのがサクッと揚がるコツ。
天つゆ派?塩派?
天ぷらは天つゆ以外に、塩と粉山椒を同量ずつ混ぜたもの、レモンやすだちをしぼったものもさっぱりしておすすめ。野菜の精進揚げは、天つゆよりも生じょうゆのほうがおいしく、材料の持ち味も生きる。
揚げ上がりのサインを見逃さない!
【天ぷら】
大きかった気泡が小さくなり、浮き上がってくる。
【とんかつ】
表面がカリッときつね色になり、油の音がチリチリと高温になる。大きかった気泡が小さくなり、浮き上がってくる。
【鶏の唐揚げ】
こんがりと表面がカリッとしてきて、油の音がピチピチと高い音になる。大きかった気泡が小さくなり、浮き上がってくる。
足下も忘れない、油はね防御
揚げものをするときは、新聞紙を敷くなどして、油で汚れない工夫を。
揚げものの基本4か条
1.新鮮な材料を選び、手早く下ごしらえ
天ぷらやフライ、唐揚げに使う具材は、短時間でカラリと揚がるよう、下処理を丁寧にすることが大事です。また魚貝類は油はねを抑えるため、水気をしっかり除いておくことも忘れずに。冷蔵庫で少し冷やしておくとカリッと揚がります。
2.天ぷらの衣は冷水で。粉はだまが残る程度にさっくりと
天ぷらの衣は卵汁+水と小麦粉が同量。小麦粉の粘り(グルテン)が出るとカラリとならないので、キンと冷やした水を使い、粉はだまが残る程度に太めの菜箸で混ぜます。具材を何度もくぐらせると粘りが出てくるので、衣は2〜3回に分けて。天ぷらもフライも材料に軽く小麦粉をまぶしておくことで、衣がはがれにくくなります。
ポイント:フライの小麦粉は布でくるんでポンポンはたいて。
3.油の温度は、菜箸を入れたり衣を落として確認
天ぷら油の適温は165〜180℃。菜箸を入れたときに出てくる泡の様子で、油温を見極めます。とんかつなどフライの適温は170〜180℃で、卵でしめらせたパン粉を落として調べます。
〈天ぷら〉
・泡が立たない→低すぎる(140℃以下)
・すぐに菜箸の先に小さな泡が立つ→適温(165~180℃)
・わっと急に泡がつく→高すぎる(185℃以上)
〈フライ〉
・パン粉が鍋の中程まで沈んでから浮き上がり、すぐパッと広がる(170~180℃)
4.野菜から先に、少量ずつ揚げる
野菜の精進揚げの適温は170〜180℃。魚介の天ぷらは180℃なので、先に野菜を揚げ、魚介はあとから揚げます。一度にたくさん揚げると温度が下がるので、少しずつ鍋の手前からそうっと放します。フライは「最初は“ジュッ”と音がするような高温で揚げ、外側を固めてから中火に落として、じっくり揚げます。こうすると肉汁を中に閉じ込めて、外はサクサク、中はジューシーでやわらかくなりますよ」
ポイント:天ぷらは具の水分が飛ぶよう、ゆっくり揚げて。
レシピ
【1】「かきフライ」(4人分)
1.大根おろしカップ1でかき20個をもみ洗いし、目ざるに入れて振り洗いして汚れを落とす。水気を切ってバットに並べ、軽く塩こしょうする。
2.小麦粉をつけ、余分な粉をはたいておく。
3.卵2個に少量の牛乳を加えてよく溶きほぐした卵汁の中で、ゆらりと泳がせる。
4.かきを包み込むようにひだの中までパン粉をまぶし、さらに上からパン粉で覆う
5.揚げ油は新しいものを用意。一粒ずつそっと油の中に落とす。箸で突いたり忙しなく返したりしないこと。
6.かきにこんがりと色がついたら一度返し、黄金色になるのを待って油を切る。
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『誰も教えなくなった、料理きほんのき』(鈴木登紀子 著)
小学館
鈴木登紀子(すずき・ときこ)
日本料理研究家。1924年(大正13年)青森県八戸市生まれ。2020年、96歳で逝去。
自宅で始めた料理教室をきっかけに、46歳のときに料理研究家としてデビュー。以来、料理教室を続けるかたわら、「今日の料理」(NHK)をはじめとするテレビ、雑誌、WEBメディア等で、家庭料理にこだわった和食の心を伝えている。その軽妙で上品な語り口とともに、「ばぁば」の愛称で人気を博す。1974年出版の『酢のものあえもの』(共著・宮野和子 グラフ社)をスタートに、『「ばぁばの料理」最終講義』(小学館)、『ばぁばの100年レシピ』(文化出版局)など著書は60冊を超える。