主婦として家族のために丁寧に料理を作り、46歳の時に料理研究家となった故・鈴木登紀子さん。96歳で逝去するまで、料理教室で料理を教え、数々のレシピ本を手がけました。そんな登紀子さんはこう言います。「料理は“手間”ではないの。命と心を育む大切な人間の営みなのです」。登紀子さんの著書『『誰も教えなくなった、料理きほんのき』から、食べる人のことを想い、お腹だけでなく、心も満たす登紀子さんの料理のエッセンスをご紹介します。
指導/鈴木登紀子
一汁二菜、一汁三菜のメイン、それが焼きものです
会席料理では、焼きものは献立のハイライトです。お魚にしてもお肉にしても、素材の質、鮮度、料理人の腕がストレートに出ますから、もっとも日本料理らしいお料理といっても過言ではありません。皆さんのご家庭でも、ひんぱんに登場するのが魚やお肉の焼きものではないでしょうか。もちろん、家庭ではそこまで厳密にこだわる必要はありませんが、お魚は刺身の次に新鮮なものを選びます。塩焼きにするのであれば、内臓の処理など下ごしらえを手早くすませ、キッチンペーパーなどで皮目をよく拭き取ります。
そうそう、皮目に切り込みを入れることもお忘れなく。魚の皮には厚みはありませんが案外と固いので、切り込みを入れておかないとさらに縮んでかたくなったり、火の通りも悪くなります。一文字でも十文字でもバッテンでも結構です。それから「尺塩(しゃくじお)」(※レシピ【1】)もしてくださいね。魚にまんべんなく塩をふることができ、焼き上がりも美しくなります。この尺塩が上手にできるようになったら、ちょっと格好よろしいわよ(笑い)。
切り身魚でも一尾づけの魚でも、通常は「焼く直前に塩をふる」のが基本です。ただし、脂のよくのった秋刀魚やいわし、さば、ぶりなどの青魚は、焼く30分から1時間前と覚えてください。脂が強い魚は塩が効きにくく、焼く直前では塩が上手に回らず、うまみも引き出されないからです。
さて、秋刀魚を焼いてみましょうか。
網に秋刀魚を並べます。さあ、ここが肝心です。秋刀魚の頭はどちらを向いていますか?
一尾づけの魚は、盛り方を知らずに焼いても意味がありません。必ず左に頭、右に尾、腹を手前にして器に盛るのが、左を上位と考える日本料理のしきたりです。切り身であれば皮が向こう側へいくように盛りつけ、あじの開きなどは皮を表にして盛るのが作法ですが、食べやすいように身を上にしてお出ししてもかまいません。
これを念頭に、器に盛ったとき上になるほう、つまり秋刀魚でしたら頭が左になる面を最初に焼きます。あとから焼く面は脂が滲んだり、落ちた脂が燃えてきれいに焼き上がらないのが常だからです。
お肉はシンプルにいただくのが、いちばんおいしい
お料理教室では、毎月、その季節ならではの味覚を大切にしたお献立をご紹介しておりますが、食事は毎日のことですから、旬にこだわらない“時季しらず”のお料理も必要になってまいります。
そうなりますと、お肉料理が中心になりますが、生徒さんたちに好評なのが「ばぁば風牛肉のたたき」です。かたまり肉を使いフライパンで作るシンプルな一品で、輸入肉でもおいしくできます。冷蔵庫で3日ほどは保存できますし、たとえば、かたまり肉を2本用意して、レアとミディアムというふうに焼き具合を変えて冷凍しておきますと、お弁当にも、不意のお客様のときにも重宝します。
食べ盛りのお子さんがいるご家庭でしたら、「豚肉のしょうが焼き」(※レシピ【2】)は定番メニューのひとつになっているかもしれませんね。じつは、簡単なようで油断すると取り返しがつかない、意外に繊細な焼きものなのです。もしも「つけだれはそんなにしょっぱくないのに、焼き上がると味が濃すぎる」とお悩みでしたら、それはつけだれに長時間漬けすぎているせいです。薄切り肉は調味料がしみ込みやすく、長い間置いておくと、おしょうゆが入りすぎてしょっぱくなってしまうのです。つけだれには10分ほど漬ければ充分。
つけ合わせも大切です。肉や魚の脂分をさっぱりさせる南蛮酢などの和えものがおすすめ。よいお口直しになりますよ。
焼きもののコツ
焼くときは「遠火の直火」
魚を焼くとき、ご家庭の引き出し式グリルで焦げ付きが気になるときは、串などで突いて小さな穴を空けたアルミ箔をかぶせても。薄くサラダ油をひいたフライパンで焼いても。切り身ならオーブンで焼くとふっくらとなる。
どちらの向きから焼く?
一尾づけの魚は器に盛りつける際、左に頭、右に尾、腹が手前がルール。これを念頭において、頭が左になる面を最初に焼く。あとから焼く面は、脂がにじんだり、落ちた脂が燃えてきれいに焼き上がりにくい。
肉は焼く前、常温に
ステーキ肉や鶏のウィングなど肉厚なものは、焼く1〜2時間前に冷蔵庫から出して常温にしておくこと。食べるときに肉の中心部が冷たい、生焼きということを防ぐため。
鶏肉は皮目から焼く
皮のある鶏もも肉などを焼くときは、皮目のほうからじっくり焼くと、皮の縮みをやわらげ、余分な脂を落としてパリパリに仕上げることができる。身のほうから焼くと、時間がかかり固くなりやすい。
ステーキ肉の焼き時間の目安
サーロインは筋切りを忘れずに。焼く直前に塩こしょうする。
【サーロイン】
片面を強火で1分、弱火で1〜2分焼く。裏返して強火で30秒、弱火で2〜3分焼く。火を止めてアルミ箔をかぶせ、4〜5分予熱で蒸し焼きにする。
【フィレ】
ミディアムレアは片面を強火で1分、弱火で1分焼く。裏返して強火で30秒、弱火で1分半から2分焼く。ミディアムは片面を強火で1分、弱火で2分焼く。裏返して強火で30秒、弱火で2〜3分焼く。
魚のちょうどいい焼き加減は?
魚の一尾焼きは、焼きごろがわかりにくいもの。皮目に脂がじゅわじゅわと出て、皮がこんがりしたら、ちょうどいいサイン。
焼きものの基本4か条
1.オーブンで焼くとおいしい
魚を焼くときは「強火の遠火」が基本ですが、グリルや焼き網よりもオーブンのほうがうまく焼けます。ハンバーグなどの肉料理もフライパンよりふっくら仕上がります。上下同時に加熱するので、返す必要もありません。オーブンは必ず予熱をし、最初は高温で、焼き色がついたらやや弱めて。調整機能がない場合、表面が真っ黒に焦げた……ということを避けるため、途中でアルミ箔をかぶせても。
2.表になるほうを上にして焼く
こんがりとした焼き目も、焼きもののおいしさのうち。魚も肉もきれいな焼き目がつくよう、オーブンの場合は表になるほうを上にして焼きます。グリルなら六分がた火が通ったところで(表面に脂が出てきた感じ)返して裏側を焼く。焼き網なら、表になるほうを先に下にして同様に。
ポイント:魚の身はとてもデリケート。グリルや焼き網で返すのは一度だけ。
3.ステーキなどは強火で短時間加熱
ステーキ肉などの肉汁を逃さずおいしくいただくには、まず強火で表面を一気に加熱しておいしそうな焼き色をつけ、たんぱく質を固めてしまいます。それから火を弱めて好みの焼き加減に調整します。
4.余熱で火を通す
火を止めても、熱を持った肉や魚は加熱が進みます。焼いたあとに休ませたり、アルミホイルで包んで保温したりすると、中心までゆっくり加熱され、うまみもキープしたままやわらかく、ちょうどいい焼き加減にすることができます。
レシピ・下ごしらえ
【1】「尺塩」
焼き魚は、切り身でも尾頭つきでも焼く直前(脂の強い魚は30分から1時間前)に塩をふるのが基本です。片手に軽く握った塩を3cmほど上からパラパラと魚に落とします。こうすると魚にまんべんなく塩がかかり、焼き上がりもきれいになります。これを「尺塩」と言います。
【2】「豚ロース肉のしょうが焼き」(4人分)
1.酒大さじ2、しょうゆ大さじ3、すりおろししょうが30gを混ぜる。
2.軽く筋切りした豚ロース薄切り肉200gを入れ、たれを絡ませ、15分ほどなじませる。
3.フライパンを熱してサラダ油少量をひき、豚肉をたれごと入れて両面に焼き目をつけて焼く。
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『誰も教えなくなった、料理きほんのき』(鈴木登紀子 著)
小学館
鈴木登紀子(すずき・ときこ)
日本料理研究家。1924年(大正13年)青森県八戸市生まれ。2020年、96歳で逝去。
自宅で始めた料理教室をきっかけに、46歳のときに料理研究家としてデビュー。以来、料理教室を続けるかたわら、「今日の料理」(NHK)をはじめとするテレビ、雑誌、WEBメディア等で、家庭料理にこだわった和食の心を伝えている。その軽妙で上品な語り口とともに、「ばぁば」の愛称で人気を博す。1974年出版の『酢のものあえもの』(共著・宮野和子 グラフ社)をスタートに、『「ばぁばの料理」最終講義』(小学館)、『ばぁばの100年レシピ』(文化出版局)など著書は60冊を超える。