文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
世界遺産、姫路城のある姫路駅から播但線に乗った。ホームに停まっていた電車は山手線などで活躍したベストセラーの103系、いまでは播但線や加古川線、そして九州の一部でしか見られない希少種だ。
しかしこの古電車は姫路郊外の水田をかなりスピードで走り、意外なほど雄大な播磨の風景を楽しめた。そして途中の寺前駅から非電化となり、ディ−ゼル気動車のキハ40系に乗り換える。鉄道ファンには楽しい国鉄時代の車両を乗り継ぐ旅だ。
やがて線路は中国山地の山間を走るようになる。古くから銀山で栄えた生野を過ぎてしばらくすると、列車は整然と家並みが続く小盆地に下っていく。ここに黒瓦が美しい竹田駅があった。
二段になった切妻屋根に黒瓦を載せ、きれいな白壁が浮き出た建物は、駅舎というより城門のようなたたずまいを見せる。
駅前広場から見ると、背景には『天空の城』として知られるようになった竹田城址がそそり立っている。標高353m、古城山に築かれた石垣の一部も見える。ここ竹田駅は、戦国時代の山城、竹田城の登城口におかれているのだ。
駅前には明治時代に盆地を流れる円山川の水運で栄えた古い町並みが残り、造り酒屋や、古民家を利用したホテルも開業している。駅の裏手の竹田城登り口には歴代城主の菩提寺が白壁を見せている。
JR播但線は、その名のとおり瀬戸内の播磨と日本海側の但馬を結ぶ鉄道として長い歴史を持っている。明治時代に生野銀山と瀬戸内を結ぶ播但鉄道として開業し、のちに山陽本線を開通させた大私鉄、山陽鉄道の傘下に入って和田山まで全通した。
全国に鉄道網ができあがってきた明治後半のこと、竹田駅も明治39年(1906)に開業している。駅舎はその開業時のものとされ、10年ほど前は「そろそろ建て替えか?」と思わせるほど老朽化していた。屋根に色違いの瓦が乗った、ちょっと淋しい無人駅だった。
それでも立ち姿は堂々として、明治駅舎の貫禄を漂わせていたことを覚えている。
ところが近年、雲海に浮かぶ竹田城址の写真が評判を呼び、とり残されたような遺跡だった竹田城址がにわかに人気観光地に躍り出る。ここ10年で観光客も14倍になったという。
それにつれて竹田駅の利用も増え、ついには特急「はまかぜ」の停車駅となり、平成26年(2014)3月には明治の駅舎を生かしてリニューアルされた。
現在は駅舎の待合室に観光案内所が開設され、竹田城址や城下町観光の拠点になっている。
この竹田駅から竹田城址までは徒歩約1時間、今回、駅を訪れたのが夕方だったので登頂できなかったが、「城跡からは播但線を走る列車がジオラマのように見えた」と下ってきたハイカーが語っていた。
世界遺産の姫路城と天空の城、竹田城は播但線を使って1日で巡ることができるかも、和田山行の列車を待ちながら竹田駅のホームでそう思った。
【竹田駅(JR播但線)】
■ホーム2面2線で、日中有人の委託駅
■所在地:兵庫県朝来市和田山町字中町西側241
■駅開業年月日:1906年(明治39)4月1日
■アクセス:大阪から姫路駅乗りかえ播但線で約2時間50分
写真・文/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。