文/鈴木拓也
原因がわからないまま痛みだけが続く
思い当たる節もないのに、何か月も続いている腰痛。医師に診てもらっても異状はないと言われる。念のため別の医師のところに行っても、同じ答えが返ってくる。
湿布で痛みをごまかしながら、「やはり年のせいなのだろうか」とひとりごちる…。そんな「慢性疼痛(まんせいとうつう)」に悩む人は、国内で2千万人はいると言うのは、痛み治療の第一人者の牛田享宏教授(愛知医科大学医学部)だ。
慢性疼痛とは、特にこれといった原因もないのに、痛みだけが3か月以上続く症状のこと。痛む部位は腰がトップで、肩、膝と続く。骨折や手術といった出来事がきっかけで生じることもあるが、治っても痛みだけが持続することもあり、急性疼痛とは区別される。
この種の痛みに対し医療の現場では、牽引療法からヒアルロン酸注射まで、症状に応じた治療がなされてはいる。しかし、「実はそもそも、これらの治療法で完全に痛みがとれる人は少ないことがわかっています」と、牛田教授は、著書『いつまでも消えない「痛み」の正体』(青春出版社)で述べる。
痛みは脳で感じている
痛む部位に直接アプローチする従来のやり方では、慢性疼痛が治りにくいのは、なぜなのだろうか?
これを簡潔に説明するのは難しいが、牛田教授は「痛みは脳で感じている」事実を挙げ、本書で、ある実験を引き合いに出している。実験とは次のようなものだ。
被験者にはMRIに入ってもらい、最初は重そうな荷物だけの写真、次にその荷物を持ち上げようとしている男性、ただし顔は表情がないように加工してある写真を見せます。その上で、彼らがどういう経験をするかや、脳活動の変化を調べたのです。すると、腰痛経験のある人は全員、荷物をもち上げる男性の写真を見ると不快感を感じ、中には痛みを訴える人も出てきたのです。そのあと、何回も同じ写真を見せていると、そのうち慣れてきて、反応はしなくなりましたが、脳の痛みや情動に関与する部位には反応がみられました。(本書より)
つまり、脳に残っている記憶が、写真をきっかけに呼び起こされ、勝手に脳が痛いと感じるわけ。実際はもっと複雑なメカニズムが働いているが、詳細は割愛する。ここで読者の方が知りたいのは、「じゃあ、どうすればいいの?」だろうから、その点について若干紹介していこう。
「田んぼをしているじいちゃん」を目指す
牛田教授は、慢性疼痛の患者さんにすすめているセルフケアがある。
それは運動だ。
具体的には、1日20分ほどの有酸素運動と週数回の筋トレ。すすめる理由はいくつかある。1つは、じっとしていると起こる筋肉の固縮を防ぎ、運動に集中することで痛みから意識がはずれるというもの。また、筋肉がついて痛いところが守られ、脳内モルヒネ(脳内麻薬様物質)が分泌されて痛みが軽減するといった理由も。
有酸素運動は、少し息が上がる程度の強度のウォーキングから始め、慣れたらジョギングに変えて走る距離を延ばしていく。自転車で走るのもいい。ただし、マラソンまでするのは「やり過ぎ」だそうだ。
一方、筋トレについては以下の要領で行う。
ウェイトトレーニングやマシントレーニングなどの場合、3~7回で限界を迎えるくらいの運動を、足腰、腹筋、背筋、腕で、それぞれ行う。筋肉を維持するには、それで十分です。筋肉を大きくしたいのであれば、8~12回です。なお、筋トレは毎日やる必要はありません。週に最大で4日。毎日やるのはかえってよくありません。(本書より)
ほかに水泳や水中ウォーキングも筋トレなるそうだ(ただし骨の強化にはならない)。また、意外にも太極拳もすすめられている。こちらは、下半身の筋肉強化に効くし、転倒防止対策にもなるという。どれをするにしても、運動後は30分以内にたんぱく質をしっかり摂るようにとも。
牛田教授は、「田んぼをしているじいちゃん」を目指そうと説く。農作業をしているお年寄りは、あちこち痛いと言いながらも仕事をし、休日は好きなことをして人生を楽しんでいる。それと同じで、運動をすることによって活動性が上がり、慢性疼痛は消えなくても、できることは増えるし、幸福感は増す。そして、いつしか、痛みの悪循環から抜け出せるかもしれないからだ。
慢性疼痛でも定期的な検査は必要
日常生活に支障がある慢性疼痛を抱える患者さんへの牛田教授のアドバイスに、「1年に1回はきちんと検査する」というものがある。
足がしびれて痛いという人に、定期的にMRI検査をしていたら、今まで見落としていた小さな腫瘍が見つかったという例があるからだ。その腫瘍を手術で取り除いたら、痛みはとれたという。
このように、慢性疼痛かと思っていたら、実は別の病気が潜んでいたということはあり得る。それで後悔しないために、「画像診断や血液検査などを受け、状況を確認する」わけだ。
それから、薬について。
痛み止めで様子を見るだけの医師が多く、他方で「とにかく薬を欲しがる」患者さんが多いという現状を、牛田教授は指摘する。しかし、神経障害性疼痛のような痛みに対し、薬の効果はあまり期待できないのが現実だ。将来的には新薬の開発が待たれるが、家庭環境の問題といった環境要因が痛みの発現に関わっている場合は、医療者側の支援や社会的なサポートシステムの必要性がある点を牛田教授は訴える。
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慢性疼痛は、われわれ門外漢には捉えがたい面もあるが、痛みに悩む当事者にとっては切実な問題であることは言わずもがな。冒頭でも記したように、慢性疼痛を患う人は2千万人もおり、牛田教授が勤務する学際的痛みセンターの診察待ちは100日を超えるほどだという。だが、厚生労働省が、慢性疼痛を社会的課題として対策を検討するなど、各所で大きな動きは始まっている。そう遠くないうちに、慢性疼痛治療にも一条の光がさすことを期待してやまない。
【今日の健康に良い1冊】
『いつまでも消えない「痛み」の正体』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った映像をYouTubeに掲載している。