文/小林弘幸
「人生100年時代」に向け、ビジネスパーソンの健康への関心が急速に高まっています。しかし、医療や健康に関する情報は玉石混淆。例えば、朝食を食べる、食べない。炭水化物を抜く、抜かない。まったく正反対の行動にもかかわらず、どちらも医者たちが正解を主張し合っています。なかなか医者に相談できない多忙な人は、どうしたらいいのでしょうか? 働き盛りのビジネスパーソンから寄せられた相談に対する「小林式処方箋」は、誰もが簡単に実行できるものばかり。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説します。
【小林式処方箋】仕事に追われて、ついついランチを早食いしてしまう人は、『孤独のグルメ』のように、実況中継しながら食べる。
早食いの原因は気持ちの焦り
ビジネスパーソンにとっての「ランチタイム」は、大きな関門です。
忙しいから昼食をコンビニ食などで済ませる。大急ぎで外で食べる、あるいはまったく時間がとれず、食べ損ねた……という話をよく耳にします。
結論から言います。昼食は、朝食同様、必ず何かを食べてください。
なぜなら、昼食をとらないと、胃腸の消化吸収能力が弱まってしまい、便秘などの腸のトラブルに繋がる可能性が高まるからです。
「食べるには食べてるんだけど、時間がないから、つい早食いしてしまって……」
食べないよりマシですが、これでは自律神経が乱れてしまいます。
早食いをするほど追い込まれているということは、「余裕」をなくしているということです。ランチの時間を確保できないのならば、1日のタイムマネジメントそのものを見直す必要があるでしょう。
私がそういう人の相談に耳を傾けたかぎりでは、昼食の数十分間さえ確保できないほど忙しい人はほとんどいません。気持ちだけが焦ってしまっている人がほとんどです。
また、「食べることに集中できていない」ということも考えられます。
仕事や心配事など、何か別のことに気をとられていないでしょうか。それが焦りに繋がり、ランチをとっている時間すら惜しくなってくる。
食べることへの集中をなくした状態のままだと、胃液の分泌も腸の蠕動運動も弱まってしまうことがわかっています。消化吸収の能力が弱まり、結果として太りやすくなってしまいます。
昼食を食べるに際し、大事なことはひとつだけです。
「ゆっくり味わって食べる」
これだけでOKなのです。
マインドフルネスに通じる食べ方
『孤独のグルメ』(原作・久住昌之/作画・谷口ジロー)という漫画をご存じでしょうか。個人で輸入雑貨商を営んでいる井之頭五郎が、仕事の合間にふらりと立ち寄った飲食店で、ひとり食事をする様子を描いたグルメ漫画です。2012年1月から、松重豊さん主演でテレビドラマ化(テレビ東京系)され、すでにシーズン8を数える人気作となっています。
あのドラマを見たことがある人はわかると思いますが、松重豊さん演じる井之頭五郎は、食べながらずっと、心の声を呟き続けています。ほとんど、食の実況中継といっていいでしょう。
なぜ『孤独のグルメ』の話を唐突に持ち出したかと言えば、ここに、早食い対策の「答え」があるからです。
「ゆっくり味わって食べる」ことが大事だといっても、早食いに慣れている方にとっては、改善策がわからないかもしれません。でしたら、井之頭五郎になりきってください。
「さあ餃子が出てきた」
「今、箸で餃子を掴んだ」
「口の中に入れる」
「肉汁がジュワッと口の中に広がる」
「今、味わいながら噛んでいる」
「飲み込んだ」
こんなふうに自分のやっていることを、心の中で実況中継するのです。それによって「大事な食事中に考えても仕方がないこと」が消え去ります。さらに、実況中継することで、食べる速度も遅くなり、ひとつひとつをじっくり味わうことができます。
これは、最近注目されている瞑想法「マインドフルネス」の考え方にも重なります。
マインドフルネスとは、端的に言えば、過去の後悔や未来への不安を手放し、「今、目の前にある現実」だけに集中し、心の安定を図る手法です。
例えば、瞑想中も「今していること=呼吸」に集中します。「今、鼻から息を吸っている」とか、「少しずつ、口から息を吐き出している」と、自分の目の前にあることに意識を向け、余計な雑念を排除します。
実況中継しながらの食事には同様の効果があるのです。
仏教で言うところの「三昧」ですね。雑念を離れ、心をひとつの対象に集中することを「三昧」と言いますが、ランチならばランチだけに集中するということです。
井之頭五郎があれほどおいしそうに食事をしているのは、食事だけに集中しているからだと言ってもいいかもしれません。
食後に眠くなるのを防ぐには?
一方で、「ランチをとると眠くなる」と悩んでいる方もいます。
実はこのメカニズムにも、自律神経が関わっています。午前中は交感神経が高いので、そのままの状態で、早食い、暴飲暴食、あるいは刺激の強いものを食べたりすると、交感神経がさらに高まります。
そして食べ物が胃の中で消化され始めると、今度は副交感神経が上がります。この上下が激しいので、自律神経のバランスが崩れてしまうのです。
このバランスが崩れた際、一定以上に副交感神経に針が振れてしまうと、副交感神経の作用で眠くなってしまうのです。つまり、自律神経のバランスを崩さないように食べれば、眠くなることはないのです。
ではどうするか。
ポイントは2つ。ひとつは、食事の前に1〜2杯の水を飲むこと。これによって、胃結腸反射が起こるので、腸が動き始め、あらかじめ副交感神経が高まります。もうひとつはゆっくり噛んで食べる。こうすることで、自律神経のバランスは乱れません。急に眠くなることもなくなるでしょう。
ただし、本当に眠い時は、思い切って「仮眠をとる」という方法もあります。
実は、仮眠の有効性は、科学的に証明されています。実際、アップルやマイクロソフト、グーグルのような世界をリードするグローバルカンパニーが、仕事の合間の「仮眠」を推奨しているほどです。
NASA(アメリカ航空宇宙局)が行った仮眠の実験です。宇宙飛行士に昼間26分間の仮眠をとらせたところ、認知能力が34%、注意力が54%も向上しました。これを受けて、NASAでも「仮眠」を取り入れたそうです。
台湾の小中学校では、「午休時間」という昼寝の時間が設けられていて、昼食後に30分間ほど、必ず寝るように規則で定められています。
これは台湾のオフィスにも広がっていて、ある調査だと台湾の9割のビジネスパーソンが、昼寝をしているそうです。
アメリカのハーバード大学の研究でも、睡眠不足が、短気、イライラ、集中力の欠如、不機嫌などを引き起こすことがわかっています。
つまり「眠い」と感じたら、無理をしないで仮眠をとることは「正解」なのです。最近は、企業でも睡眠時間を設けたり、仮眠室を社内に設置したりする動きが出てきました。
NASAは26分間ですが、わかりやすく「仮眠の目安は30分」と考えてください。それ以上は夜の睡眠リズムを崩しかねませんので、注意が必要です。
『不摂生でも病気にならない人の習慣』
小林弘幸 著
小学館
文/小林弘幸
順天堂大学医学部教授。スポーツ庁参与。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。また、日本で初めて便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」でもある。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説した『不摂生でも病気にならない人の習慣』(小学館)が好評発売中。