文・絵/牧野良幸
ジャーナリストで作家の半藤一利さんが1月に亡くなられた。そこで今月は半藤一利さんの「日本のいちばん長い日」を映画化した『日本のいちばん長い日』を取り上げてみたい。原作は1967年と2015年に二度映画化されているが、取り上げるのは1967年の岡本喜八監督の作品である。
昭和20年8月15日、日本は昭和天皇の玉音放送を持って終戦を迎えた。『日本のいちばん長い日』はその前日の8月14日から放送が流れた8月15日正午までの24時間、文字どおり“長い1日”を描いている。
映画はプロローグ的な説明から始まる。すなわち7月26日の米英中による日本の降伏を求めるボツダム宣言。日本政府はこれに正式回答せず、静観する方針をとるが、海外には「拒絶」と伝わってしまう。そして8月6日に広島に原爆投下。8月8日にソ連が参戦、8月9日長崎に原爆投下と事態は緊迫し目まぐるしく動いていく。
これらを語っていくナレーションがドキュメンタリー的な視点をもたらし、まるで半藤一利の著述を読むかのようである。1967年の映画なのにカラーではなく白黒なところも昭和史を感じさせる。
東宝の創立35周年記念映画だけあって、冒頭の閣議のシーンから名優が次々に登場する。
三船敏郎(阿南陸軍大臣)、笠智衆(鈴木貫太郎内閣総理大臣)、山村聡(米内海軍大臣)、宮口精二(東郷外務大臣)、志村喬(下村情報局総裁)など黒澤映画や小津映画で見た俳優がテーブルにずらりと並ぶ。ちなみにナレーションも仲代達矢だ。
名優はこれだけではない。ここからは役名をはぶくが、のちには藤田進、加藤大介らも登場。脇を固めるのは加藤武、中村伸朗、三井弘次、伊藤雄之助、小林桂樹、田崎潤、土屋嘉男、井川比佐志など、当時の日本映画に必ず顔を出していた人たちだ。さらに怪獣映画でもお馴染みの平田昭彦、そして若き黒沢年男と豪華この上ない。
他にも多くの名優が出演するのだが、スペースに限りがあるのでここらで終えよう。一人だけあげると「この映画には出ないのかな……」と気になっていたあの人も最後に登場する。加山雄三である。放送局のアナウンサー役だ。これら日本映画の黄金期の名優たちにより緊張の1日が描かれるのが『日本のいちばん長い日』なのだ。
ボツダム宣言の受諾をめぐり閣議の意見は一致しなかった。ついに鈴木総理は天皇の御聖断を仰ぐため御前会議をおこなう。天皇は、これ以上戦争を続けることは我が民族を滅亡させる事になる、すみやかに終結せしめたいと述べる。
これに陸軍内部では若手将校から不満の声が出る。阿南陸相は将校たちを抑えこもうとする。
「不服な者は、この阿南を切れ!」
そんな一触即発の中、交渉をすすめたい東郷外相と、国体護持などで再交渉を望む軍で意見が分かれた。閣議はまたもまとまらず、8月14日午前、二回目の御前会議が開かれた。
閣僚たちと向かい合うように昭和天皇が座っている。静寂が流れた。そこでナレーション、
「やがて天皇が静かに立ち上がられ……かくして日本には、そのいちばん長い日がやってきた」
ここで映画のタイトルが大きく映し出される。
〈日本のいちばん長い日〉
なんと映画が始まってから21分。ようやくタイトルが出るのである。タイトルがなかったことも忘れるほど集中して見ていた。ちなみに映画の上映時間は2時間37分、このあと2時間以上ある。本当に長い1日がこれから始まるのだ。
静かに立ち上がった昭和天皇はボツダム宣言を受託することを閣僚たちに告げた。ここに日本の降伏が正式に決まった。終戦に関する詔書の用意など、政府関係者のするべきことはたくさんあった。戦争の終結を国民に告げるために天皇が国民に直接語りかける録音もおこなわなくてはならない。放送局の人が皇居に呼ばれた。これも今夜のうちに録音しなければならない。
その一方で8月14日から15日にかけての深夜、ボツダム宣言受諾の情報を知った陸軍の一部将校たちによりクーデターが決行される。首相官邸、鈴木総理の私邸などを襲撃した。また近衛師団は玉音放送の録音盤を剥奪するため宮城を襲撃する。いわゆる「宮城事件」である。放送局にも将校が向かった。そんななか阿南陸相は未明に自決する。
これらの息詰まる展開を映画は時間も忘れるほどに克明に描いていくのだが、やがて軍の鎮圧でクーデターは未遂に終わり、8月15日の正午に玉音放送が流れた。かくして日本のいちばん長い日が終わったのである。それは太平洋戦争が終わった日でもあった。
昭和史など数々の著作がある半藤一利の原作だけに、この映画の真の主役は“歴史”だと言えるかもしれない。1965年に出版された「日本のいちばん長い日」の名義は半藤一利ではなく「大宅壮一編」で、この映画のエンドロールでもクレジットは「大宅壮一編」となっている。半藤一利は1995年に自身の名義で「日本のいちばん長い日 運命の八月十五日 決定版」を出版している。映画とともにこの本も読書人の記憶に残ることだろう。あらためて半藤一利氏のご冥福をお祈りしたい。
【今日の面白すぎる日本映画】
『日本のいちばん長い日』
公開:1967年、 製作・配給: 東宝、 白黒/ 157分
出演者: 三船敏郎、笠智衆、志村喬、宮口精二、山村聡、 加東大介 、 宮口精二 、 土屋嘉男 、島田正吾、伊藤雄之助、小林桂樹、児玉清、黒沢年男、高橋悦史、中丸忠雄、藤木悠、加藤武、田崎潤、平田昭彦、天本英世、加山雄三、新珠三千代、仲代達矢(ナレーター)、松本幸四郎(八代目)、ほか
監督: 岡本喜八 、脚本:橋本忍、
原作:大宅壮一『日本のいちばん長い日』、 音楽: 佐藤勝
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp