取材・文/坂口鈴香
井波千明さん(仮名・55)の義父母は、同じ県内ではあるが車で2時間ほど離れた場所で暮らしていたが、5年前相次いで認知症と診断された。井波さんが毎月様子を見に行くほかは、訪問介護サービスを利用しながら二人暮らしをしていたが、しばらくすると義母の様子が目に見えておかしくなっていった。
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もう二人暮らしはさせられない
「そのころは、月に2回くらいの頻度で義父母のところに行っていたのですが、ほんの2週間前とは様子がまったく違っていました。歩き方が不安定で、表情もなくなっていました。食事をすると、和食をレンゲで食べているんです。すぐに夫に伝え、かかりつけの脳神経内科を受診したのですが、認知症が進行したんだろうと言われました」
しかし、みるみるうちに義母の症状は悪化した。
「お風呂場でおしっこをするようになり、翌月には立ち上がれなくなってしまいました。そこで、大きな病院に紹介状を書いてもらって受診したところ、硬膜下血腫という診断をされました」
硬膜下血腫とは、頭蓋骨の内側で脳を包んでいる硬膜と脳との隙間に血がたまる病気だ。血腫が脳を圧迫し、頭痛や物忘れ、尿失禁、歩行障害などの症状が出る。
幸い義母は手術を受け、これらの症状はすっかりなくなった。
「でも、この入院・手術がきっかけで、これ以上老夫婦の二人暮らしは危ないと家族の意見が一致しました。それで、私たちの家の近くで施設を探すことになったんです」
義父母とは仲が良い
高齢者で認知症と似た症状を引き起こす病気はけっこうあるが、身近に接していた井波さんだったからこそ、義母の変化をいち早く察知することができたのだろう。
井波さんは、実親が亡くなっているとはいえ、義兄たちはもちろん、夫よりもずっと義父母の介護にかかわっているようにみえる。今や“介護は実子”が主流の時代だ。昔ながらの“嫁”が求められている地方でもなく、井波さんや義父母が住んでいるのは地方とはいえ大都市だ。そんな感想を井波さんに投げかけたところ、こんな返事がきた。
「私と義父母とはわりと仲良しだと思います。というのも、これは夫のたくらみに私がまんまとはまったともいえるんですが、新婚旅行先から義父母に電話をかけて以来、義父母とのやり取りはすべて私経由。夫は自分が親としゃべるのが面倒なので、私に任せたのかもしれません。でもそのおかげで、私と義父母は遠慮なくしゃべれるくらい仲良しになったんです」
義父母が入居しているサービス付き高齢者向け住宅でも、井波さんと義母が話していると、その様子を見たスタッフが「娘さんですよね」と言ったほどだ。
「『いいえ』と答えたら、『ご姉妹ですか?』って(笑)。絶句しました。いくら何でも80歳過ぎている義母と姉妹って。でもまあ家族になって25年も経てば、こんなものかもしれませんね」
いや、そもそも新婚旅行先から義父母に電話をかけるということ自体、驚くのだが。井波さんの夫は男ばかりの3人兄弟だが、皆そんな感じなのだろうか。
「義父母は子煩悩だったと思います。特に義父は教育熱心でした。会社で人事を担当していたせいもあるのでしょうか。厳しいけれど愛情たっぷりという感じです。義母がいうには、3兄弟、誰も義父に反抗することなく大きくなったそうです」
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取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。