取材・文/坂口鈴香

risuさんによる写真ACからの写真

有料老人ホームなどで暮らしている方の話を伺う機会がよくある。子どもがいない方や独身の方の場合、甥や姪がキーパーソンとなっていることが少なくない。高齢のおじ・おばをみているのは、「幼いころからかわいがってもらったから」という理由が多く挙げられているようだ。親に加えて、おじやおばの介護をするというのは、簡単なことではないだろうと思う。ましてや、これまでほぼ交流のなかったおじやおばなら、なおさらだ。

「手術はしない」という選択

日高了さん(仮名・54)は独立系のファイナンシャルプランナーだ。同時に、終活に関するアドバイスや講演をするため、全国を飛び回っている。終活に力を注ぐようになったきっかけは、父親の闘病だった。

話は15年ほど前にさかのぼる。

70代後半の父親がステージ3の進行したがんだと判明した。そのころまだ独身だった日高さんは両親と暮らし、兄、姉は結婚し隣県に住んでいた。

「健康診断でわかったのですが、当時はセカンドオピニオンという言葉もあまり知られておらず、医者にそんなことはとても言い出せない雰囲気でした。医者は手術を勧めたのですが、母や兄、姉と話し合って手術はしないことに決めました。父には告知していません」

というのも、父親はがんと診断されても、さほど体調が悪そうではなかったのだ。

「高齢でしたし、無理に手術をしなくても、しばらくは穏やかに暮らせるだろうと思っていたんです」

ところが診断後、季節が変わるころになると、父親の病状は一気に悪化した。「予想外のことで、慌てました」と振り返る。

日高さんの住む地域には、先進的な在宅看護に取り組んでいる訪問看護ステーションがあった。市から紹介されて、訪問看護をお願いすることにした。さらに藁にもすがる思いで、民間療法も受けたという。

「気功で有名な先生がいると聞けば、高いお金を払って来てもらったり、髪の毛でがんの状態がわかるという話を聞いて、調べてもらい、酒を飲まないようにというアドバイスに従ったり……手術しないという選択をしたからには、ほかの方法でできるだけのことはしたかったんです」

日高さん家族の願いもむなしく、父親の容態はさらに悪化した。仕事のある日高さんと、高齢の母親だけでは手が足りなくなり、3人で兄の家に移った。

「家族みんなで父を看取ろうと思ったんです。兄の家は大きかったので、父が療養し、私たちが暮らすスペースも十分ありました。孫や兄の奥さんもいるので心強かったです」

あのとき手術を受けていれば

兄の家に引っ越したあと、新たに別の訪問看護を受けることにしたが、医師の診察は一度受けただけで、依然として医療は拒否したままだった。

「漢方薬を飲ませていたので、尊敬できる父らしく最期まで穏やかでした。引っ越す前に、父を高校の同窓会に連れていけたのは、父にとってもよかったし、私も満足できました」

一度診察を受けただけの医師に死亡診断書を書いてもらうことはできたが、自宅で亡くなったため、警察が来ることになったという。淡々とした口調だったが、日高さんの表情からは不本意だったことが伝わってきた。

「それでも、家族で父を看取ることができて悔いはありません。たぶん母もそうだったと思います。ただ、手術を受けなかったことにまったく後悔がないかと言われれば、『ない』とは言えません。手術を受けていたら、父はどうなっていただろう、とは今でも思います。でも、そのときの判断としては間違っていなかったとも思う。医者が父の病に対して責任を取ってくれるわけではありませんから。でも、それと手術とは別問題なんです」

あのとき、手術を受けさせた方がよかったのか――15年経った今でも、日高さんの心は揺れている。

父親の死後、日高さんは母親とともに自宅に戻った。母親との2人暮らしが10年ほど続いたあと、日高さんは遅い結婚をして、実家近くのマンションに移った。

「そのころには、母に認知症の症状が出ていたんです」

【2】に続きます

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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