今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「教育のこと 天下これより偉なるはなし 一人の徳教 広く万人に加わり 一世の化育 遠く百世に及べり」
--嘉納治五郎

嘉納治五郎は、つねづね「精力善用」「自他共栄」を標榜していた。これはそのまま、自身が創始した講道館柔道の柱となる訓えであった。

嘉納は他にも、IOC委員、大日本体育協会会長、貴族院議員など、いくつかの顔を有していた。だが、何よりも根っからの教育者であり、そういう意味では、東京高等師範学校校長の肩書がもっともこの人に似つかわしいものであったのかも知れない。

嘉納は、教育は社会においてもっとも重要なことのひとつととらえていた。「教育者自身が教育の大事なることを信じ、教育を通して国家社会に働いてこそ教育者の活動も有意義である」と語り、その思いを書にもしたためている。

「教育之事 天下莫偉焉 一人徳教 広加万人 一世化育 遠及百世」

「一世化育の書」と呼ばれるもので、これを読み下し文にしたのが掲出のことばである。ひとりひとりの人間にきちんと教育を施していくことは、万人への教育につながり、それは世代を越えて100 年のちの社会を支えていくことにもなる。そういう意味であろう。

夏目漱石が帝国大学(現・東京大学)卒業後、最初に就職したのも、実は嘉納治五郎校長のもとの東京高等師範学校だった。

これから同校の教職につこうという漱石に対し、嘉納は、教師たるものは何事も生徒の模範になるようにしてほしいと理想を説く。ところが、根が生真面目な漱石は真っ正面からこれを受けとめ、「自分のようなものにはとてもつとまりそうもないので辞退したい」と申し出る。嘉納は「あなたのそういうところがますます気に入った」と微笑し、漱石を手離さなかった。

ふたりの人柄をあらわす、そんな逸話が残っている。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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