中国山地の真ん中に開ける津山盆地。吉井川がつくり出した平原には出雲街道が通り、穏やかな丘陵に囲まれた里山風景が広がっている。
その津山から鳥取までを結ぶ因美線のディーゼル気動車に乗って17分ほど、たんぼの中の大きな桜の木がある古びた駅に出る。ここが美作滝尾(みまさかたきお)の駅だ。
駅舎は昭和3年の因美南線(当時はそう呼ばれていた)開業時からのもので、赤瓦の切妻屋根に板張り、軒先だけが漆喰という、嬉しくなるようなローカル駅舎の構えだ。
出札口や手小荷物扱所の窓口もよく保存され、待合室にいるとタイムスリップしたような気持ちになる。
もちろん無人化されて久しく、国鉄末期にはかなり傷んでいたが、駅舎とともに改札口越しに見える田園風景が一枚の絵のように感じられる風景は旅人の間では知られていた。
柴又駅を筆頭に全国のローカル駅が登場する映画「男はつらいよ」シリーズの最終作「寅次郎紅の花」でも、ファーストシーンでこの美作滝尾駅が登場する。
あらためてこの駅を見ると、ホームは片面1線で、その端に駅舎があり、今では草に埋もれた北側構内には、かつての貨物側線跡とその上屋が残っている。
まるで駅を慕うように集まっている滝尾集落には、JAの建物や倉庫が目立ち、以前は滝尾村と呼ばれていた昭和20年代は、農作物の積み出しや肥料の受け入れなどで駅が重要な役割を果たしていたことがわかる。
駅舎は典型的な国鉄の標準設計で、昭和5年に制定された「小停車場本屋標準図」のなかの1日の乗降人数100人以下の一號型(57.5平方メートル)に近い、有人駅としては最も小型の駅舎である。
その昔、因美線は昭和7年に全通して鳥取と岡山を結ぶ山陰・山陽連絡線となり、新幹線が岡山まで延伸してからは岡山〜鳥取間に急行砂丘が1日3往復する準幹線路線だった。
ところが平成6年(1994)に、因美線の智頭駅と山陽本線上郡駅を結ぶ智頭線が開通し、美作滝尾駅のある智頭〜津山間は普通列車しか走らないローカル区間になってしまった。
現在この駅に停車する列車は少なく、智頭鳥取方面は午前中6時間も空白の時間帯がある。だから列車での訪問は時刻表を検討して訪ねて欲しい。
春や秋の観光シーズンには美作滝尾駅や那岐駅、美作河井駅をめぐる「みまさかスローライフ列車」も臨時で運転される。
時を経た木造駅舎は地元の人達によって清掃され、駅前の松の木も美しく剪定されている。また駅名看板も含めて極力国鉄時代に戻しているのもうれしい。
春、駅頭の桜が花をつける頃には、日本屈指の鉄道風景が見られるだろう。
【JR因美線 美作滝尾駅】
所在地:岡山県津山市堀坂263
開業年月日:1928年(昭和3)3月15日
アクセス:JR岡山駅から津山線経由、津山駅で乗りかえて約2時間
写真・文/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。