相模湾に面し、一年を通して温暖な神奈川県・湯河原温泉。万病に効くとされた温泉は『万葉集』にも詠まれ、「足柄の土肥(とい)の河内(かわち)に出づる湯の世にもたよらに子ろが言はなくに」の歌碑が温泉街の中心にある万葉公園に立てられています。
泉質はナトリウム-塩化物・硫酸塩泉で、神経痛や筋肉痛、さらに切り傷などに効用があります。
江戸後期の温泉番付には、東の小結に位置付けられており、当時の番付の最高位が大関であったことを考えると、なかなかたいしたものです。
また明治時代からは文人墨客が多く訪れ、多くの作品の舞台となっています。夏目漱石は晩年に静養に訪れ、遺作『明暗』で、湯河原を重要な舞台としました。また国木田独歩は湯河原に深い愛着を寄せ3つの短編を執筆。島崎藤村は『夜明け前』の執筆の疲れをこの地で癒したといいます。さらに芥川龍之介、与謝野晶子、小林秀雄、山本有三らも、風光明媚で穏やかな土地を愛しました。
湯河原といえば、梅林も有名です。2月上旬~3月中旬、幕山公園(湯河原梅林)は山麓斜面に梅が咲き続け、馥郁とした香りが漂います。梅の香に包まれ、静謐な温泉旅館で湯あみをする、穏やかな時間が過ごせます。
取材・文/関屋淳子
桜と酒をこよなく愛する虎党。著書に『和歌・歌枕で巡る日本の景勝地』(ピエ・ブックス)、『ニッポンの産業遺産』(エイ出版)ほか。旅情報発信サイト「旅恋どっとこむ」(http://www.tabikoi.com)代表。