夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木曜日は「旅行」をテーマに、パラダイス山元さんが執筆します。
文/パラダイス山元(ミュージシャン・エッセイスト)
小さい頃から、とにかく団体行動が苦手な私でした。
そういえば、旅行代金の安さにつられ、新聞広告に載っていたある団体ツアーに申し込んで、散々な目にあったことがあります。激安ツアーに飛びつく人間のあさましさ、深夜到着、早朝出発とゲンナリするほど無理のある行程。さらに一部参加者の理不尽極まりない身勝手な振る舞いもあって辟易しました。もう一生、二度と団体ツアーになんか参加することはないと。
そんな私自身が「パラダイス山元さんと行く珍魚苑 in 佐賀」の主謀者になっておりました。
↓このツアーのいきなりの目玉は、羽田空港を出発してまもなく、富士山の真上を航行する航路。富士山の火口を真上から眺めることができます。このためだけに、佐賀行きに搭乗する人がおります。自分のことですが。
3泊5日のハワイツアーに2回は行ける費用をはたいて、九州佐賀国際空港へ降り立った面々。九州各県の中でも、比較的地味な印象の佐賀県ですが、派手な観光地というのは、旅行ガイドブックに何度も掲載されていて、どこもかしこも行き尽くされて、美味しいものも食べ尽くされていたりしているものです。
その点、佐賀県内には、美味しいものだらけな割に、まだあまり知られていない食材、驚きのスポットが至る所にあります。ツアーを組まなくては行けない場所、ツアーに参加しないと食べられないもの、つまり個人ではどうあがいても実現不可能なことを実現させてしまうというのが「パラダイス式ツアー」です。
東京に住んでいて、お金さえ払えば、全国各地から集まった美味しいネタのお寿司にありつけると思っている方。間違いとはいいませんが、築地まで運ばれてこないネタというのも、実は結構あります。漁獲量が少ない希少なネタは、地元でこっそり……いや堂々と消費されています。
その筆頭ともいえるのが、有明海に生息する珍魚たち。ムツゴロウ、ワラスボ、ワケノシンノス、アカニシガイ、アカガイ、シラエビなどなど。聞いたことがある名前もあれば、なんですかソレ?というのもあるでしょう。
↓有明海の干潟に生息するシオマネキ(オスの片方のはさみが大きくなるカニ)とムツゴロウ。
招待制高級紳士餃子レストラン 荻窪餃子「蔓餃苑」と佐賀県が、有明海で獲れる珍魚を広く知ってもらおうと、珍魚を使った餃子のフルコースを提供する「珍魚苑」を期間限定でオープンしたのが2017年の夏。
そして今年、実際に漁船に乗って有明海に漁へ出るところから、キッチンで魚をさばいての餡づくり、さらに包む、焼く、味わい尽くすまで、すべてツアーに組み込みました。完璧すぎます。
海苔の養殖場、干潟……、それこそ観光地として見るとマイナーな印象の有明海は、もちろん遊覧船など運航していません。ならばと、漁船をチャーター、ワラスボ漁に密着します。獲れたてのシラエビをそのまま食べたり、ツアー参加者は大興奮。
↓チャーターした漁船でワラスボ漁に向かうツアー一行。
↓捕らえられたワラスボ。船上では参加者の悲鳴が有明海に響き渡ります。
↓初日の夜、佐賀県庁最上階で無料公開中の「星空のすいぞくかん」を見学に行くと、そこには佐賀県のゆるキャラ「壺侍」(つぼざむらい)さんがお出迎え。
映画「エイリアン」のモデルとなったと噂されるワラスボは、日本では有明海にしか生息していません。細くて表面がヌルヌルしていて、3枚におろすのは素人には無理と思われましたが、1時間もやっていると全員がプロ並みの腕前に!
さらに、凶暴な顔つきの頭部は、電子レンジで乾燥させ、ポリポリと骨せんべいのような仕上げに!
ユーモラスな形のムツゴロウは、丸ごと素焼きにしたものを皮で包んで、キャノーラ油で2度揚げ。ムツゴロウと同じ環境に生息しているシオマネキを潰して塩と香辛料で漬けた「ガニ漬け」(地元の漁師さんがつくったもの)に、マヨネーズをあえたディップソースをたっぷりつけて頬張ると……グロテスクな見た目からは想像もつかないほどふわふわな舌触りと淡白な味わいで、ツアー参加者は大感激。
嬉野(うれしの)温泉の美肌の湯で汗を流した後は、まるで修学旅行のような相部屋で、お酒を酌み交わしつつ、餃子談義で盛りあがります。私は、早々に撃沈しておりましたが……。
↓利久窯にて、エア陶芸。
3日目は、有田焼の窯元を何件も巡り、お気に入りの餃子皿一枚を見つける時間をたっぷりとりました。そして、ここは佐賀なのか? ドイツなのか? と驚くスケールの建築へとご案内。中国人のクルーズツアーの観光客は大勢いても、日本の方は少なめの逆転人気観光スポットで、国際情勢を肌で感じ取ります。
九州佐賀国際空港に到着、未来に向かって、よりよき餃子を包むことを互いに誓い合って、羽田へ戻ります。「東京で同窓会やりましょう」「ライングループつくりましょう」と、利害関係のまったくない、パラダイス繋がりなみなさんが集うと、ここまで楽しいかという見本のようなツアーになりました。
集合場所に、集合時間の10分前に行くと、他の参加者はすでに全員お揃いで、以降、白い目で見られる、口も聞いてもらえなくなるという恐怖の掟のシニアツアーが、今大流行中。時間に1分でも遅れると、以後ツアーの参加を断わる旅行会社もあると聞きます。
旅の目的は人それぞれですが、なにも大枚はたいて「風船割りゲーム」みたいなツアーに行かなくてもと思うのは私だけかしら。
歳とったら、ユル~いツアーの方が断然楽しいですよ。
文/パラダイス山元(ぱらだいすやまもと)
昭和37年、北海道生まれ。1年間に1024回の搭乗記録をもつ飛行機エッセイスト、カーデザイナー、グリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロース日本代表、招待制高級紳士餃子レストラン蔓餃苑のオーナー、東京パノラママンボボーイズで活躍するマンボミュージシャン。近著に「なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?」(ダイヤモンド・ビッグ社)、「読む餃子」「パラダイス山元の飛行機の乗り方」(ともに新潮文庫刊)など。