文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)

釧路と網走を結ぶJR釧網本線は、道東の大地を南北に走る169kmのローカル線だ。車窓からは釧路湿原や斜里岳(秀峰として名高い)が望め、北海道らしいスケールの大きな風景が楽しめる路線。しかし全線を通しで走る列車は1日5往復、釧路駅6時41分発網走行の次の網走行は10時24分となる。だから途中下車するときは数時間待つ覚悟が必要だ。

釧網本線と斜里岳

その釧網本線を日中1往復する快速「しれとこ」に乗った。快速とはいっても1両のみ、車両はキハ54という国鉄末期の頑丈なディーゼル気動車で、いまも釧網本線の主力車両だ。そして釧路駅から約1時間30分、車窓に噴煙を上げる活火山、アトサヌプリが見えてきたところに北海道屈指の名駅舎、川湯温泉駅があった。

アトサヌプリと駅舎

赤い屋根に白い三角ファサードが青空に映え、車寄せの柱にはイチイの大木を合わせるなど銘木をふんだんに使ったログハウスの駅舎は、木造駅舎としては北海道ナンバーワンの美しさだろう。

この開拓地にそんな駅舎が建てられたのも、弟子屈町内に摩周湖もすっぽり入るほどの広大な皇室御料地があり、皇族の訪問が予想されたこともあったという。

以前、地元の郷土史家から「西森と佐藤という地元の大工が、ケンカをしながら腕を競って建てた」と聞いた。現在、川湯温泉駅舎には駅事務室を利用したレストラン『オーチャードグラス』があり、奥の客室は貴賓室を利用したものだという。

かつて駅の無人化を聞いたレストランのオーナーは、1987年に駅を借りて店をオープンする際に「戸棚の中に菊の紋章入りの什器があった」と語っていた。

駅舎レストラン

駅舎本屋に並ぶ別棟の丸太組みの便所は足湯に改造され、改札口には川湯出身の昭和の大横綱、大鵬幸吉の写真が飾られていた。

ホーム側には鮭を抱えた木彫の大熊が置かれて観光客を出迎える。これはかつて、どこかの侠客が寄付したものだとか。そして駅頭には、『摩周湖の伏流水』という清水が湧き出ている。

駅の足湯

待合室 大鵬の写真

ホームのクマ

駅前の有水

さて、駅名こそ「川湯温泉」だが、温泉街は屈斜路湖方向に2kmほど離れていて駅のまわりはかつての鉄道官舎が残されていた。以前はかなりうら寂れた印象だったが、いまは川湯温泉駅を慕うようにカフェやおしゃれな雑貨ショップが集まり、バイクやクルマでの旅行者で賑わっていた。いまでは鉄道利用者は少数派のプチ駅前商店街だ。

駅前通り

このあたりからは終始標高512mのアトサヌプリが見える。銘木をふんだんに使い、大工が競って建てた川湯温泉駅は、噴煙をあげる溶岩ドームからわずか1.5Kmのところにある。ここはおそらく、日本一活火山に近い鉄道駅だと思う。

【訪ねてみたい名駅舎】
『川湯温泉駅』(JR北海道 釧網本線)
■ホーム:2面2線
■所在地: 北海道川上郡弟子屈町川湯駅前
■駅開業:1930年(昭和5年)8月20日
■アクセス:釧路駅から約1時間30分

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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