足利駅(JR両毛線)幾何学デザインが秀逸な昭和モダン駅舎【訪ねて行きたい鉄道駅舎 第16回】

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文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)

栃木県と群馬県を結ぶJR両毛線の沿線は、大正から昭和にかけて「銘仙」(めいせん)という絹織物の生産で栄えた。銘仙は色付けした糸の折り方でさまざまなデザインを実現できる平織りの絹織物で、当時女性の大衆着に大流行した。この時代から日本女性の服が一気にカラフルになったという。

そもそも両毛線(開業時は両毛鉄道)は、明治時代に北関東の絹製品を貿易港の横浜に輸送するために建設された路線なのだが、この「銘仙バブル」ともいえる昭和初期に駅舎が一斉に改築された。

このとき、栃木駅や佐野駅、そして伊勢崎駅(いずれもすでに建て替えられた)とともに、銘仙の生産ではトップクラスだった足利の玄関駅として建てられたのが足利駅だ。

北関東特有のカラッ風が吹く冬のある日、そんな足利駅を訪ねた。

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じつはこの駅舎は2008年の夏に落雷を受け、正面左手の2階事務所の一部が焼けてしまった。おりしも両毛線の主要駅舎のほとんどが高架化や橋上駅化で改築されており、この名駅舎もいよいよ改築か……と心配したが、2014年に観光美化工事によって化粧直しされたのだ。

あらためて駅舎を見れば、以前は赤茶けた色の屋根もブルーに塗り替えられ、壁面もアイボリーとなり全体にパステル調のカラーリングになっていた。

それでも正面ファサードの幾何学的なパターンは健在で、中央に大時計を配した構えは堂々とした鉄道駅の雰囲気を醸し出している。このようなモダンな装飾を駅舎にとりいれたのも、業界をリードした足利銘仙の地元らしい先進性なのだろう。

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足利駅前の広場も余裕があり、充分にさがって駅舎の全景を見物できる広さがある。そのむかしは織物製品を積んだ荷車が駅の周囲に群がって大変な賑わいだったという。明治時代に設置された駅の多くが、このように広い駅前を持っているのだ。

ちなみに足利市には、この足利駅の他に、渡良瀬川の南岸に東武伊勢崎線の「足利市駅」という二つの主要駅がある。地元では足利市駅を「東武駅」と呼んで区別しているが、都心と直結して特急も走る伊勢崎線足利市駅と比べると、両毛線は普通列車がほとんどで、いきおい足利駅も閑散としている。

以前はあったびゅうプラザやキオスク、駅そば屋もなくなって、小奇麗になったぶん駅構内もちょっと淋しくなった。

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それでも周囲に土塁を巡らせた鑁阿寺(ばんなじ)や、史跡・足利学校までは駅から徒歩15分ほどのところ。その周囲には古い町並みを活かしたカフェや工芸雑貨の店も点在していて、都心からの日帰りのショートトリップにはいい町だ。

鑁阿寺。

鑁阿寺。

足利駅に戻って高崎行の電車を待つと、単線線路の向こうから北関東ではおなじみの107系電車がやってきた。これは分割民営化直後に旧国鉄の電車から部品を集めて作りあげた近郊区間用の通勤型車両だ。一般の評判はいまいちだが、見た目よりも重厚なモーター音が面白い電車だ。

107系

107系。

そんな107系が足利駅を発車するとき、駅メロが森高千里の「渡良瀬橋」であることに気がついた。帰ってから鉄道ファンのブログを見たら、駅に森高本人の色紙も掲示されているという。ちゃんと見ておけばよかった。

【足利駅(JR東日本 両毛線)】
■ホーム:2面2線
■所在地:栃木県足利市伊勢町一丁目
■駅開業年:1888年(明治21)
■現駅舎改築年:1933年(昭和8)
■アクセス:東北新幹線、東北本線小山駅から両毛線で約40分

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

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