2025年1月9日、2024年に人手不足倒産が342件あったと調査会社・帝国データバンクは発表。従業員の退職や採用難、人件費高騰などを原因として倒産するケースが、調査を開始した2013年以降増え続けており、過去最高を更新したという。
繁之さん(64歳)は大手金融関連会社を経て、今、小規模酒蔵でアドバイザーの仕事を得ている。「定年後、驚くほど孤独になる。プロボノ(スキルを活かしたボランティア)活動を経て、そこを乗り越えたから今がある」という。
【これまでの経緯は前編で】
ネットを見ては批判的コメントを書き込む毎日を過ごす
繁之さんは、55歳のときに受けた「たそがれ研修」で会社から必要とされていないことをはっきりと感じ、人生が変わった。その後、定年延長の話もあったが、60歳で退職する道を選ぶ。
「退職する4年前は今ほど人手不足が深刻ではなかったので、色々引き止められましたが、退職できました。僕の実感では、どこの会社も40〜50代の就職氷河期世代の層が薄い。そこを補填するために、働き続けろと言われる世の中になったとは思いますけれど、僕は60歳で会社と決別することにしました」
再就職先も斡旋されたが、気乗りがしなかった。それには、老後を夫婦で過ごすための十分なお金も不動産もあったことも背景にある。
「妻は大手ファストフードのアルバイトを30年以上続けており、相当稼いでいた。亡くなった両親の遺産も、都内に家もあり、一人息子も独立して結婚している。働く理由がなかったんです」
しかし、定年後は一切の収入がなくなる。手元のお金は減る一方だ。
「お金がいくらあっても不安になるのが、定年後の世界。妻の才覚で、都内にマンションを1室持っており、その家賃収入はありますが、それも返済に消える。退居のリフォームや家賃滞納、空室リスクもある」
最も辛かったのは、誰も仕事を与えてくれないこと。
「家事をすれば邪魔だと言われ、妻を旅行に誘おうとしても、バイトや趣味に忙しい。一人で出かけてもつまらない。仕事もない、読書や映画鑑賞も、その先に仕事に活用する目的がなければつまらない。そんな日々を送るうちに、気づけばSNSにどハマりしていたんです」
繁之さんは、他人を批判する書き込みを繰り返していた時期があったという。
「退職してから2か月目に体が動かなくなり、ベッドで1日中スマホ片手にSNSをパトロールして、自分に合わない人、いい気になっている経営者、仕事や夫婦の不満をこぼす人にコメントしまくっていました。コメントに“いいね”がつくと嬉しくて、アンチ(反論する人)が来ると徹底的に論破していました」
忙しい妻は夫を放置。異常を察したのは息子だった。実家にある昔のCDを取りに来た息子は、繁之さんがかつて子供部屋だった部屋のベッドに寝ている様子にギョッとしていた。そして、「お父さん、顔色悪いよ」と絶句した。1か月、外に出ず、ろくに風呂にも入らず、ネットを見続けていたので、体重は5キロ落ちていた。
「帰宅した妻に、息子は“お父さんが子供部屋おじさんになるって、聞いたことないよ。お母さん、もっと面倒を見てあげなよ”と言う。すると妻は“スマホ見て、おとなしくしてくれているから、問題ないかと思っていた”と答える。そのやりとりを聞いていて、“俺は子供以下だ”と思いました。昔、電車で騒ぐ息子に“いい子にしていなさい”とゲーム機を与えたことを思い出した。妻は僕を“いい子”でいさせたいために、スマホ中毒を見て見ぬふりをした。“いい子”とは、大人の言う通りにして、余計なことをせずに黙っている子。僕は“いい子”のままジジイになったんだと」
【息子に「プロボノやってみなよ」と言われる……次のページに続きます】