「セシウム原子時計など3種類の時計を使い、平均・合成することで時刻を生成しています」

上から日本標準時(JST)、協定世界時(UTC)、国際原子時(TAI)。TAIには、これまでのうるう秒の37秒が加わる。
現行のセシウム原子時計。18台が稼働し、平均値を出して時刻を生成する。平均すると誤差は数千万年に1秒という高い精度を誇る。

腕時計を合わせる「時刻」はどのように作られているのか──。日本における時刻を生成、供給する機関である、情報通信研究機構(NICT、東京都小金井市)の日本標準時グループを訪ねた。案内してくれたのは、同グループリーダーの松原健祐さんだ。ここで何が行なわれているのか、松原さんに聞いた。

情報通信研究機構。建物の正面に日本標準時が電光表示されている。郵政省電波研究所などを経て、2004年より現名称になった。
松原健祐さん(国立研究開発法人情報通信研究機構 日本標準時グループ・56歳)
大学院で分光学を学び、2001年、通信総合研究所(当時)に入所。光周波数標準の研究等を経て、時空標準研究室の現在のグループで日本標準時の業務に携わる。理学博士。

「日本標準時は協定世界時(UTC)より9時間進んでいます。その上で、協定世界時との誤差が数ナノ秒以内に収まるよう調整し管理をしています」

1ナノ秒とは10億分の1秒のこと。光の速度でも僅か30cmしか進めない時間だ。10ナノ秒でも3m。それがどれほどの「誤差」であるのか、考えるほどにわけがわからなくなる数値である(誤差に時差は含まれない)。

日本標準時は、同機構内の特別な一室に設置された18台の「セシウム原子時計」によって生み出される。さらに高精度な「水素メーザー原子時計」と「ストロンチウム光格子時計」を併用し、1秒の誤差をナノレベルで0に近づける厳密な管理と研究が続く。

セシウム原子時計の内部構造の一部。写真上がセシウム133の原子を取り出して時刻の基準を発生させる「セシウムビーム管」
金属だが体温で溶ける「セシウム」。セシウム133の原子に特定の電波を当てたときに原子内で振動する周期から1秒を定めている。

かつて1秒は地球の自転から定義されていたが、地球の自転速度は一定でないため、1967年より、セシウム133という原子が発生する振動周期を基準とすることが国際的な定義となっている。こうした経緯もあり、地球の自転と時刻を合わせるため「うるう秒」(協定世界時に1秒を挿入または削除)が導入され、1972年以来今日まで計27回の挿入が実施されてきた。

しかし、うるう秒を加えることが、IT時代にはかえって不都合となり、2035年までに廃止される方向だ。廃止までに、うるう秒に代わる代替システムが決められる予定だ。

1974〜93年まで使われたセシウム原子時計。フロントパネルに付けられたアナログ時計が目を引く。米国製。

時刻が社会システムを支える

正確な時刻は、さまざまな社会インフラの土台を支える大切な役割を担う。たとえばスマホの地図などで活躍するGPSや金融機関をはじめネットワークを飛び交う電子情報、さらには宇宙探査まで、正確な時刻があってのこと。では正確無比な時刻は、どのようにしてわれわれに届けられるのか。

「よく知られているのが、標準電波です。日本標準時を電波で届ける仕組みで、現在は2か所の送信所で全国をカバーしています。電波時計は、標準電波を受信することで、時刻を修正し日本標準時に合わせることができます。そのほかに光電話回線により日本標準時を届けるシステムもあり、放送局や金融機関などの業務用として広く使われています」(松原さん)

日本標準時の電波を送る標準電波送信所。羽金山(佐賀県・福岡県、写真)と大鷹鳥谷山(福島県)から全国をカバーする。
シチズンが1993年に発売した国産初の電波腕時計「Cal.7400」(当時10万円)。世界で初めて日本・ドイツ・イギリス3国の標準電波受信を実現。文字盤上に受信アンテナを配置。

取材・文/宇野正樹 撮影/藤田修平 写真提供/情報通信研究機構、シチズン

※この記事は『サライ』本誌2024年6月号より転載しました。

『サライ』2024年6月号特集は『「機械式腕時計」に開眼』。

 

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