湯の郷には旨いものがある。自然の豊かな場所に古くから人が住み着き、山海の食材を用い、独自の食文化を形成してきたからだ。こんこんと湧く湯で体を休め、冬の美味を堪能したい。
乳白色の湯を堪能し、短角牛に舌鼓を打つ
松川温泉 峡雲荘
指で触れただけで溶けるような脂ののった霜降りの牛肉。その旨さは格別だが、昨今はむしろ脂肪分が少なく肉本来の旨味を味わえる種類の牛が注目を集めているという。特に、肉質が良く、ステーキやフランス料理などに用いると無類の旨さになると料理人の間で評判なのが、いわて短角牛だ。
いわて短角牛が生まれたのは明治時代の岩手県岩泉。農作業などで活躍していた在来の南部牛に、アメリカ産のショートホーン種を掛け合わせた東北地方発祥としては唯一の日本短角種だ。
大自然の中でのびのびと育つ
いわて短角牛は例年5月になると岩泉や久慈、盛岡市郊外の牧場に放たれ、雪が降り始める10月下旬まで大自然の中でのびのびと育つ。勾配のある丘に広がる牧場で自由に駆け回り、自然に生える草をはむことで均整の取れた臭みのない肉質となる。
繁殖農家、肥育農家が少ないことから、稀少価値が高いいわて短角牛だが、乳白色の硫黄泉が自慢の『松川温泉 峡雲荘』では、短角牛が注目されるようになる以前から、短角牛を味わえる湯宿として知られている。
上質な短角牛は、まろやかな甘みのある赤身肉だ。脂肪が少ないためさっぱりとしていて、それでいてコクのある肉本来の味わいがある。脂肪が少ない分、火を通すと固くなりやすいが、『峡雲荘』で供する「短角牛焼き」なら、食べる直前に目の前でさっと焼くため、柔らかい肉質と肉の香り、旨味が引き出される。
『峡雲荘』名物のひとつにもなっている「短角牛の牛鍋」は、昆布と鰹節の出汁で短角牛を煮てからいただく。ほどよく火の通った肉は柔らかく、噛みしめるほどに旨味がにじみ出る。脂のしつこさがなく、健康的で飽きることがないのも嬉しい。
松川温泉 峡雲荘
岩手県八幡平市松川温泉
電話:0195・78・2256
料金:2名利用で1泊2食付きひとり1万4450円~(税・サ・入湯税込み)
チェックイン15時、同アウト10時
泉質:硫黄泉
JR盛岡駅より岩手県北バス松川温泉行きで終点下車後、徒歩すぐ。
取材・文/平松温子 撮影/安田仁志
※この記事は『サライ』本誌2023年12月号より転載しました。