文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
その昔、京都と大阪を結んでいた京阪電鉄の3000形特急電車が水田の単線を走っていく。ここ富山地方鉄道で10030形と名前を変え、今も主力電車として活躍しているのだ。
ローカル私鉄を旅すると、都会の電鉄で使われていた往年の電車に出会う楽しみがある。今回はその電車で『北アルプスで最も険しい』とされる剣岳が、いちばんよく見える駅をたずねた。
北陸新幹線の富山駅に隣接する電鉄富山駅から富山地方鉄道上滝線に乗ること約20分、水田に点在する屋敷林の向こうに北アルプスの峰々が立ち上がってきた。
電車が月岡駅に到着する。すると反対方向から元西武鉄道の特急レッドアロー号の16100形電車が大柄の車体をゆらせながらやってきた、この駅で列車交換を行うのだ。鉄道ファンにとって東西大手私鉄の看板特急が出会う風景がちょっとうれしい。
見渡せば月岡駅は無人で、構内踏切の先には古びた駅舎が建っていた。いちおう瓦屋根ではあるものの外壁はトタンで補修され、相当に痛みも目立つ。風雪に耐えた老駅舎は駅名看板すらかすれていたが、真冬になると電車を待つ乗客にとって貴重な雪よけの待合所になるのだ。
そんな駅舎の改札口には整理券発行機ぽつんと立っていた。そして通学生のものらしい自転車が数台停まっている、典型的なローカル私鉄の中間駅の風情だ。
しかし、見上げると北アルプス連山が雪を頂いて連なっていた。特に目立つのが三角形の頂きを天に突き上げる剱岳(2999m)で、ちょうどこの月岡付近が手前の山脈に邪魔されずに展望できる場所になっているのだ。
さらに線路の進行方向には山頂が平らになっている立山連山も見える。ホームでその絶景にみとれしまう。
地元の人に聞くと、日没寸前に照らされた山々は神々しいまでの美しさだという。映画、『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(2011年)のラストシーンでもこの月岡駅でアルプスと電車のシーンが撮影されていたことを思い出した。
この駅でアルプスを眺めていたとき、ホームに大学生ぐらいの女の子がいた。彼女はアルプスには振り向きもせず、懸命にスマホをのぞいていた。地元ではあまりに普通の風景なのだろう。
富山地方鉄道上滝線の下り電車はこれより終着の岩峅寺駅まで終始アルプスを車窓に見ながら走っていく。ちなみに月岡駅は大正時代に開設されたが、周辺に市街地は形成されなかった。このためまわりは水田が広がっているだけだ。それだけに駅からの見晴らしは抜群によい。
【月岡駅 (富山地方鉄道上滝線)】
ホーム島式1面2線の無人駅
所在地:富山県富山市月岡2−282
駅開業年月日:1921年(大正10)4月25日
アクセス:電鉄富山駅から南富山経由不二越・上滝線で約20分
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。