文・写真/柳沢有紀夫(海外書き人クラブ/オーストラリア在住ライター)

彼らは文字を持っていなかった。その歴史は口承でのみ伝えられた。

彼らは農耕をしなかった。原始から続く狩猟採取が、彼らが日ごとの糧を得る手段だった。

彼らは恒久的な住居を持ってなかった。洞窟や岩が庇状になった場所、または木の枝や樹皮でつくった仮設のテントが彼らの住まいだ。彼らは2~3ヵ月ごとに獲物を求めて、そうした場所を転々としてきた。定住はしなかった。

彼らの祖先が実際につくっていたテントはこの8倍ほどの大きさだという。

「彼ら」とは今から200年以上前、ヨーロッパ人が入植してきたころの先住民族「アボリジナル」である。かつては「アボリジニ」と呼ばれたが、それが蔑称とされることが増え、近年では「アボリジナル」と呼ばれることが多い。

アボリジナルたちが用いた道具を再現したもの。手前が盾。

文字もない。建物もない。農耕もしない。まるで「石器時代」の生活。だから彼らはヨーロッパ人たちから「未開の劣った民族」と思われた。だが、だからと言って「狩り」の対象にして良いはずなどない。そう、「文明人」を気取る人たちの中には、カンガルーや鳥たち同様に銃で「アボリジニ狩り」を「楽しむ」者すらいた。

そしてまた「文明人」たちは「劣っているアボリジニたちを保護するため」と称して、いや、本気でそう考えて、彼らの子どもを親から引き離し、強制収容所や孤児院で白人の監督のもとで教育を施した。

1969年というから今からそう遠くない時代まで約100年間、白人たちによる子どもたちの強奪は続いた。「盗まれた世代」と称される彼らに対してオーストラリア政府が初めて公式に謝罪したのは今からわずか15年前の2008年のことである。ブラボー! まったくもって「文明人」とはなんてすばらしい生き物なのだろう。

さてそのように「未開」とされてきた彼らだが、豊かな文化と英知を持つことが知られるようになってきた。またそれらを実体験できる場所がオーストラリア各地で作られてきている。

そのひとつであるケアンズの「マンディンガルベイオーセンティックインディジネスツアーズ」社が催行する「エコツアー」を今回は紹介しよう。「マンディンガルベイ」とはケアンズの元々の所有者の一つである「マンディンガルベイ族」のこと。彼らが自らのツアー会社を興した。ちなみに「オーセンティック」は「本物の」、「インディジネス」とは「先住民の」という意味。つまり「マンディンガルベイ族の本物の先住民ツアー」という会社名となる。

ツアーのスタートは船だ。

ツアーはケアンズの街の中心部にある港から船に乗るところから始まる。すぐにマングローブの生い茂る川をさかのぼっていく。

「マングローブの中にイリエワニがいる」とガイドが教えてくれ、ツアー参加者も「ああ、あそこだ」というのだが、私には発見できなかった。

10分ほどで船着き場に到着後、マイクロバスに乗り換えて15分。ようやく今回の目的地に到着する。

マンディンガルベイ族の長老による歓迎の挨拶のあと、ガイドに連れられて山道を歩く。その先々でガイドがアボリジナルの文化を紹介してくれる。まず立ち止まったのが、木の枝と皮で作ったテントを再現したもの。

さらに進んで、森に生えている「ブッシュタッカー」についての説明が始まる。「ブッシュ」とは「灌木地帯」、「タッカー」とは「食べもの」という意味で、つまりは自然の中で採取する「糧」だ。「ブッシュフード」という呼び名もある。そのうち最も有名なものはハワイの特産品の「マカダミアナッツ」で、じつはこれはオーストラリア・クイーンズランド州(つまりケアンズがある州)の原産だ。

ところどころで立ち止まって説明をしてくれる。これは食べられるナッツ。葉の繊維でバックや織物をつくるという。
塊茎(地下茎)を食べられるヤムイモ。ガイドさんの声に加えて、こうした説明書きがあるのが親切。

「食料」だけでなく「香辛料」もある。

こちらは野生のコショウ。コショウの実はこんな形をしているのだと初めて知った。

「薬草」的に用いられるものもある。たとえば葉をつぶすとココナッツのような甘い香りがするが、体に塗って虫除けに使えるものなどだ。

こちらの葉と実は歯痛のときの処置にも用いる。

ツアーは説明のために立ち止まる時間も含めて全部で40分ほどだろうか。

それなりの山道を進む。

生えている植物は食用や薬用にするだけでなく、様々な情報を得るためにも用いられる。

この花があるということは、近くに皮や池などの水があるという印。

また「道具」として利用する植物もある。

人の顔くらいの大きさがある葉の部分は、土に掘った穴で蒸し焼きにするときに食料を包むのに用いられる。

野営生活を続けてきた彼らは、それに関する知恵も豊富。乾燥したある木は約2週間も燃え続けることもあるという。ちなみにそれぞれの説明書きの右下にある「お日様」と「水滴」のマークは、各々「乾季」と「雨季」を意味する。

その季節に採れる食料や薬草を巧みに利用して、ずっと同じような生活を続けてきたアボリジナルたち。「永続的」という意味では彼らの生活はまさに「サスティナブル」である。プラスティックをはじめとした「地球にかえらないゴミを出さない」という意味では「エコ」だ。

つまり。彼らは「未開の先住民」などではなく、「エコとサステナビリティの先駆者」であることに気づかされる。

ブッシュタッカーの説明を聞きながらの山歩きを終え、出発地点に戻る。そこで彼らが使っていた道具を見せてもらう。もちろんすべて木製だ。

点々で模様を描く「ドットペインティング(点描)」がアボリジナルたちの特徴的な手法。

その中に昭和の時代、日本でも「おもちゃ」として人気だった「ブーメラン」も入っていた。じつはブーメランはアボリジニナルの「狩猟道具」である。よく知られる「への字型」のものは鳥や小動物の狩りに用いられたという。

だがご覧の「マンディンガルベイ族」のブーメランは「への字型」ではなく、その最大の特注とされる手元への「回帰性」もないという。その理由をおわかりになるだろうか。ヒントは「住んでいる場所」である。

答えをお伝えする前に、彼らの木刀と盾を紹介したい。ちなみにこれらももちろん「エコ」な木製だ。

利き手で木刀、反対の手で盾を持つ。木刀は写真の一番下の部分を握るのが本来の持ち方。

私も本来の持ち方で構えてみた。だが身長180センチで、日々それなりに運動している成人男性の私でも、振り回すのは大変そうな重さだった。

さてさて「マンディンガルベイ族」のブーメランに回帰性がない理由はおわかりになっただろうか。ヒントを「住んでいる場所」と伝えたが、彼らの居住地はご覧のようなジャングルである。見通しのよい草原や砂漠、そして水辺であれば遠くの獲物を狙う際、戻ってくる方が断然便利だ。たとえ失敗したとしてもわざわざ拾いに行かなくてもいいのだから。特に水上の獲物を狙う際には必須と言っていいだろう。

だがご覧のようなジャングルでは木々の梢が生い茂るため、拾いに行くのが大変なほどの遠距離の獲物などそもそも狙うことができない。近くの木の枝にいる鳥などが獲物になる。よって戻る機能は必要ない。

不要な機能はつけない。それもまた「エコ」であり「サスティナブル」なのかもしれない。

マンディンガルベイオーセンティックインディジネスツアーズ(Mandingalbay Authentic Indigenous Tours)
https://mandingalbay.com.au/
エコツアーの料金 大人149豪ドル(約1万3600円)

文・写真/柳沢有紀夫 (オーストラリア在住ライター)
文筆家。慶応義塾大学文学部人間科学専攻卒。1999年にオーストラリア・ブリスベンに子育て移住。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える!』(朝日新書)、『ニッポン人はホントに「世界の嫌われ者」なのか?』(新潮文庫)、『世界ノ怖イ話』(角川つばさ文庫)など同会のメンバーの協力を仰いだ著作も多数。

 

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