文・写真/ハントシンガー典子(海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター)

ロサンゼルス地域から車で約3時間半、アリゾナ州に程近い砂漠の中に、アメリカの環境問題の表と裏を内包するかのような場所がある。カリフォルニア州最大の湖、ソルトン湖(Salton Sea)だ。

かつてのリゾート地に何が起こったのか?

ほかのどこにも見られない、青白く光る水面が延々と続き、幻想的な美しさをたたえるビーチ。メジャーな観光地からはやや離れているが、通りすがりの旅人の目には魅力的に映ることだろう。しかし、辺りは静まり返り、見渡す限り人っ子一人いない。多くの野鳥が群れをなし、羽ばたきの音が時折響くのみである。この不可解な湖は一体、どのような場所なのか。

1905年まで、この地にはまだ名前すらなかった。しかし、地質学的な研究が進むにつれ、わかってきたこともある。ソルトン湖のほかにも、ここでは多くの湖が生まれては消失している。コロラド川の氾濫により、ソルトン盆地への流出が頻繁に起き、洪水が引いてからも、流れ込んだ水が湖となって残るのだ。最初の湖は紀元前700年には存在している。1901年、カリフォルニアの開発会社がこの地で農業灌漑用水路造りに着手すると、またしてもコロラド川の洪水が発生し、この用水路を突き破って湖をつくった。それがソルトン湖の始まりだ。

決壊した水路を塞ぐまでの2年間、川の水や農業排水で湖は満たされ続け、やがて野鳥が繁殖し、釣り場や観光スポットとしても注目されるようになる。第二次世界大戦中は外海漁のリスクの高まりを受け、商業漁業地として発展。一方で、広島での原爆投下に向け、ユタ州ウェンドーバー空軍基地からB-29爆撃機が新型爆弾ダミーを投下する極秘練習場にもなった。指揮官は、原爆を投下したB-29「エノラ・ゲイ」のポール・ティベッツ機長である。

戦後はバケーションの場として興隆を極め、1955年にはソルトン湖州立公園が完成。1959年のヨットクラブとマリーナ施設のオープンを経て、一時はハリウッド・セレブも集まる高級リゾート地として栄えた。しかし、その頃にはコロラド川から切り離された湖が徐々に蒸発を続け、塩分や化学物質の濃度が上がり、魚の数は減少し始めていたと見られている。流れ込む排水の腐敗が進み、やがて湖は悪臭を放つまでに。1986年以降は魚の摂取制限が出され、野鳥や魚の大量死もたびたび起こった。

ソルトン湖州立レクリエーション・エリア内のビジター・センター(100-225 State Park Road, Mecca, CA 92254, USA https://www.parks.ca.gov/?page_id=639
周辺は荒れ地が続くものの、少し車を走らせると、砂漠の中にひょっこり温泉施設、グラミス・ノース・ホット・スプリングス(Glamis North Hot Springs  10595 Hot Mineral Spa Road, Niland, CA 92257, USA https://glamisnorth.com)が現れる。

人々から忘れられた街は今…

かつてのリゾート地も、80年代にはすっかり廃墟と化した。自然環境、人々の健康への影響は計り知れない。リゾート業者や白人富裕層が捨てた土地に残るのは、貧しい移民の農業従事者や先住民だ。乾燥した湖底の粉塵が地域特有の強風により巻き上がることで、一帯の大気は汚染され、多くの住民が喘息症状を抱える。カリフォルニア州は自然環境の回復と野鳥や魚の保護、住民の健康被害の解決のため、多大な資金投入を行いながらさまざまな政策に取り組む。一部でビーチ・アクティビティーや野鳥観察などの観光促進を再開しているが、いまだ多くの課題が山積みだ。

しかし、このゴーストタウンに熱視線を送る業界もある。アメリカのクリーンエネルギー業界が、ソルトン湖の底に豊富に眠るとされるリチウムを狙っているのだ。地下に渦巻く超高温の地熱塩水からリチウムを抽出できれば、炭酸リチウム換算で年間2万トンの生産が見込まれるという。2021年の世界生産量は10万トンで、主にオーストラリア、チリ、中国、アルゼンチンが供給を担い、アメリカは輸入に頼っている。このレアメタル採掘に成功すれば、世界シェアはひっくり返るかもしれない。荒れ果てた地だが、環境負荷の少ない電気自動車(EV)のリチウムイオン電池普及を後押しし、環境問題の救世主となる可能性を秘めている。

EVは、富裕層だけでなく、10年ほど経てば一般にも広がると予想され、アメリカの自動車業界の注目株でもある。2035年までに新車販売の100% EV化を定めるカリフォルニア州をはじめ、多くの州でガソリン車の新車販売を廃止するための規制も始まっている。そのためにも電池に使われるリチウムの発掘、供給需要は大きく、国内サプライチェーンの構築には待ったなしの状況と言える。

ラテン系住民が8割を占める地元コミュニティーでは、いまだソルトン湖を取り巻く課題が解決されない中での同プロジェクト推進に懐疑的な声も聞く。しかし、エネルギー企業は開発に向けてすでに動き出している。2023年1月には、カリフォルニア州のリチウム抽出課税法も発効。時代の流れに翻弄されるソルトン湖だが、今後は未来を照らす光となれるだろうか。

カリフォルニア州は全米でもクリーンエネルギーに力を入れており、パームスプリングスなどでは強風が吹き込む地の利を生かした風力発電も盛ん。
日常と切り離されたかのようなソルトン湖の風景。400種以上の野鳥が観察されており、保護の観点からリチウム採掘に伴う開発の影響が懸念される。

参考:
Salton Sea Authority https://saltonsea.com/
Salton Sea Management Program https://saltonsea.ca.gov/

文・写真/ハントシンガー典子(アメリカ・シアトル在住ライター)
米シアトル在住。エディター歴20年以上。現地の日系タウン誌編集長職に10年。日米のメディアで多数の記事を執筆・寄稿する傍ら、米企業ウェブサイトを中心に翻訳・コピーライティング業にも従事する文筆家兼翻訳家でもある。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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