文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
カリフォルニア州の州立大学のシステムは現在10の大学で構成されている。UCLA(ロサンゼルス校)、UC バークレー校などは日本でも有名だ。そのうちの1つ、オレンジ郡にあるUCアーバイン校は他の大学にない特徴を持っている。それは、所在地が大学名の由来ではないことだ。アーバイン市にあるからアーバイン校と名付けられたのではない。アーバイン校が先に出来、周辺の土地が後にアーバイン市になったのだ。つまりUCアーバインが創立された1965年にはアーバインという地名は存在しなかったのである。アーバイン市は6年後の1971年に設立され、昨年がちょうど市制50周年だった。
「米国でもっとも犯罪率が低い、人口25万人以上の都市」で16年連続トップの計画都市
ロサンゼルスとサンディエゴのほぼ中間に広がるこの地域はかつて” Rancho San Joaquin”と呼ばれていた。“Rancho”とはスペイン語で「牧場」のことだ。現在この地名はアーバイン市の1地域として残っている。
ジェームズ・アーバイン1世を含む3人にこの土地が譲渡されたのが1864年で、南カリフォルニアの開発はそこから始まったとされている。日本で明治維新が起こる4年前のことである。
ジェームズ・アーバイン1世が興した「アーバイン・カンパニー」はその後も同名2世、3世へと一族内で継承され、オレンジ郡の約3分の1に及ぶ広大な牧場を運営していた。オレンジ郡の面積は神奈川県のそれとほぼ同じであるから、その規模の大きさが想像できるだろう。
一族の主な事業を、牧場経営から現在に繋がる都市開発へと舵を切ったとされている4代目当主のマイフォード・プラム・アーバインは、1959年に謎の拳銃自殺を遂げたが(他殺説もある)、その同年にアーバイン・カンパニーはカリフォルニア州立大学システムに1,000エーカーの土地を1ドルで譲渡し、それがUC アーバイン校の基となった。アーバイン・カンパニーはこの土地に大学を中心とした学園都市を建設する計画を策定し、その後半世紀に渡って着々と実行し続けている。
現在のアーバイン市は人口約30万人の中規模都市だ。教育機関、商業施設、住宅地域がバランスよく分かれていて、全米でも屈指の高い住宅費と低い犯罪率で知られている。米国連邦捜査局(FBI)が毎年発表する「米国内でもっとも犯罪率が低い人口25万人以上の都市」に16年連続で選ばれているほどだ。住民の約40%をアジア人が占め、白人とほぼ同じ比率であり、日本人も多く住んでいる。かなりの広大な土地をあえてそのままに残してあり、都市開発と自然保護を両立させていることでも有名である。
牧場内の屋敷を改修した小規模図書館
そのアーバイン市の1画に、かつてアーバイン一族が暮らしていた屋敷を改修した図書館がある。ケイティ・ウィーラーという女性の名前がついているが、彼女はジェームズ・アーバイン2世の孫にあたる。夫のチャールズ・ウィーラー3世もアーバイン・カンパニーの要職に就いていた。いわば一族の姫君だ。ウィーラーの死後2003年に、アーバイン財団から市へ行われた100万ドル(約1億円)の寄付金を基に開設された。図書館の建物前には庭園があり、大牧場時代の古い建物を集めた歴史公園が隣接している。
図書館は2階建ての白塗り木造建築である。前庭に面した正面玄関から館内に入ると、ロビーと呼ぶよりは居間のような空間があり、暖炉の上にはアーバイン一族の写真が飾られている。階段の手すりやカウンターには落ち着いた色調の木が使われている。
この図書館はアーバイン市のみならず、オレンジ郡の公共図書館ネットワークの1つとして機能している。ここで借りた図書は、ネットワーク内の他の図書館で返却することもでき、その逆もまた可能である。当地の多様な人種構成を反映して、書架には英語以外のいくつかの外国語図書の棚があり、日本語もそれに含まれる。座り心地の良いテーブルで読書を楽しみ、よく整備された庭や隣接する歴史公園を散歩し、かつて大牧場だったこの地に思いを馳せる。そんなのんびりとした時間を過ごすことができる場所である。
「ケイティ・ウィーラー記念図書館」(https://www.ocpl.org/libraries/irvine-katie-wheeler)
住所:13109 Old Myford Rd.
Irvine, CA 92602
電話:(714) 669-8753
公式ホームページ:https://www.ocpl.org/libraries/irvine-katie-wheeler
文・角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。