取材・文/坂口鈴香
「認知症かもしれないと思ったら、なるべく早く医療機関を受診しましょう」とよく言われる。前編では、認知症を早期に発見するとどんなメリットがあるのかについて考えた。
「若年性認知症になった妻」(https://serai.jp/living/1057592)では、最初の受診で認知症の診断がつかなかったこともあり、数年後に認知症と診断されたときには北村昇さん(64・仮名)の妻の症状はかなり進行していた。
あるケアマネジャーは「北村さんの奥さまは妄想や暴言などの症状が強く出ていましたので、もし認知症と早期に診断されて地域包括支援センターや介護の専門職につながっていれば、ご家族も認知症について理解して、奥さまの不安を減らすことができていたのではないでしょうか。そうすれば妄想や暴言などの症状はある程度抑えられたと思います」という。
そこで後編では、『マンガ 認知症』(佐藤眞一/ニコ・ニコルソン・ちくま新書)を参考にしながら、認知症について知り、認知症の方が抱く不安とはどのようなものなのか、家族はどう対応すればよいのかを考えてみよう。
【前編はこちら】
なぜ「サイフを盗られた」というのか
まず、北村さんが苦しんだ暴言や妄想による攻撃、これは前編で説明したようにように「行動・心理症状」だ。認知症の症状には物忘れや判断力の低下といった「中核症状」と、怒りっぽくなる、妄想があるなどの「行動・心理症状」(周辺症状とも言われる)がある。行動・心理症状は、家族の理解や環境整備、介護の専門職による適切なケアなどによりかなり抑えることができるといわれている。
家族が振り回されるのも、この行動・心理症状だ。たとえば、自分がサイフを置いた場所を忘れてしまって、「サイフを盗られた」というのはよく聞く話だ。しかし、
(家族が)否定を続けると、どんどん妄想が妄想を呼び、虚偽記憶が重なって悪化してしまいます。(中略)(認知症の人は)周りの人と心を通わせるのが難しくなっていきますから、不安や恐怖でいっぱいになった結果「自己防衛するしかない」と思うのかもしれません。(同書)
現実を認識できなくなったことで起こる自己防衛の気持ちが、「サイフを盗られた」「ご飯を食べさせてくれない」「配偶者が浮気をしている」などという妄想につながっていると佐藤氏はいう。
では、北村さんの妻が表していたような強い怒りはどうか。これは、前頭葉が萎縮するという脳機能の問題と、自分のプライドを守るために他者を攻撃してしまうという心理的な問題から生じていると考えられると説明する。
だから怒り出したときの対応は難しく、一律の正解はないとしたうえで、「問題のあるときは近寄らない。落ち着いているときに近寄る」という手法を提案している。
興奮した状態というのはすぐ疲れてしまいますから長続きしません。興奮している短時間は我慢して、落ち着いてきたら声をかける。(同書)
介護現場では難しい面もあるというが、家庭内なら介護者が疲弊しないために、テクニックのひとつとして知っておいた方がいいだろう。
なぜ相手がこんな行動をとるのかを考える
北村さんは、妻の言動に戸惑い、ときには「何でこんなことできへんの!」と怒って泣かせたり、手をあげてしまったりしていたと振り返る。
佐藤氏はこうした介護者の行為を、介護する側が介護される側を「コントロール」しようとすることから生じるとして、その危険性をこう指摘する。
人間関係は「ギブ&テイク」のバランスがとれていないと安定しません。ところが、介護というのはほとんど常に、する側がギブで、される側がテイクです。介護される側が受け取るばかりで、心理的負債感が大きくなってしまった関係を測定すると、そこで行われているのは「ケア」ではなく「コントロール」になってしまっているのです。(同書)
介護が上手くいかなくなったり、意図がうまく相手に伝わらなかったりすると「思うとおりにならない」と悩むものですが、「思うとおりに」と考える時点でもうコントロールしているのです。(同書)
この状態がさらに進むと、介護する側が介護される側に「縛られている」と感じはじめます。「苦しめられている」と思ったり、ひそかに早く終わることを願ったり――。(同書)
そうならないために必要なのが「なぜ相手がこんな行動をとるのかを考える」ことだ。立ち上がってどこかへ行こうとするのを、「危険だ」「転んだら大変だ」と止めようとしても、
頭ごなしに止めるなら、それはコントロールです。止めるけれども、「なぜ出ていきたいんだろうか」と考え、その思いを汲み取ろうとするなら、なにか別のことができるかもしれません。(同書)
介護者が認知症の人の気持ちがわからないのと同様、認知症の人たちも介護者の気持ちがわからない。となると、介護する側が認知症の人の世界に入っていくしかないと佐藤氏はいう。そのために有効なのが「認知症の人の話を聞く」ことだ。
聞いて、話を合わせる。それで満足して落ち着くと、こちらが聞きたいことを話してくれるようになります。(同書)
その際忘れてはならないのが笑顔だ。話すときはなるべく笑顔で、認知症の人が認識しやすい正面から向き合う。
そうして信頼してくれるようになれば、認知症の人の気持ちも安定します。これが介護する側が楽になる方法でもあるのです。(同書)
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佐藤氏の「介護は知ることで楽になる」という言葉に納得する人は多いはずだ。どこまで実践できるかは別としても、早期発見のメリットもまさにここにあるといえるだろう。
佐藤氏は「認知症は介護や家族の支えというものを前提とした診断基準になっている珍しい病気」だという。認知症の人が何を求めているのか、その気持ちを少しでも理解することができれば、家族の対応は変わるし、家族ではできないこともわかってくる。時期が来れば施設のプロに任せることも、後ろめたさや罪悪感なしに考えることができるのではないだろうか。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。