文/砂原浩太朗(歴史・時代小説家)


小和田哲男さん(静岡大学名誉教授・77歳)

昭和19年、静岡市生まれ。戦国史研究者。『ビジュアルワイド日本の城』『戦国武将の手紙を読む』など著書・監修書多数。

古戦場「賤ヶ岳」の山頂から北方面の眺め。
本能寺の変(1582年)の翌年に起きた戦い。旧暦4月20日、羽柴秀吉が大垣に移動した隙をつき、柴田方・佐久間盛政が大岩山、岩崎山を攻撃。同日夕に秀吉軍は大垣を発ち、翌21日早朝、飯浦の柴田勝政に総攻撃をかけた。

古戦場をたずねるときは、あらかじめその地方の自治体史などで合戦の経緯を読み込んでから行きます。予備知識なしで足を運んでも、「ああ、すごい山だね」「きれいだね」で終わってしまいますからね(笑)。あとは、対陣図があれば、コピーして持参する。現場に身を置くと、「定説ではこう言われているけど、もしかしたら違うんじゃないか」と気づくこともあります。

歴史を意識しつつ山を歩くなら、注目すべきは“峠”です。いま自動車が走っているような幅の広い道路はたいてい近代に整備されたもので、むかしは峠越えが一般的でした。軍勢もそこを通って移動したわけです。賤ヶ岳の周辺でいうと、柴田勝政(勝家の養子)が布陣した“飯浦の切通し”などが重要でしょうね。

賤ヶ岳の西側に見える琵琶湖北岸の飯浦。ここから余呉湖に至る飯浦峠は、柴田勝政軍と秀吉軍の激戦となった地だ。

賤ヶ岳には10回ほど行っています。山頂からは余呉湖や琵琶湖が一望でき、まさに絶景です。まわりの山も奥の方まで見渡せますから、どこへ誰が布陣していたかなど、書物で得た知識と実際の風景があざやかに重なってきます。いわゆる「賤ヶ岳の七本槍」がほぼみな20代なのも、現地へ行けば腑に落ちますよ。この斜面を駆けあがって戦うんだから、40代50代にはとても無理だなと(笑)。やはり自分の目で見ることは、なによりも大事です。

この戦いで秀吉の勝利を決定づけたのは、柴田方に属していた前田利家が撤退したこと。合戦たけなわのタイミングで、突然戦場から兵を退き、これで柴田軍は総崩れとなります。もちろん、秀吉は事前に利家へ内応を呼びかけていたでしょう。内通や裏切りは戦の常套手段ですし、秀吉はそうした手法に長けていましたから。

歴史に「もし」はいえませんが、前田勢の退却がなければ、賤ヶ岳の戦いはどっちが勝ったか分かりません。兵数からいえば羽柴方5万に柴田方は2万というところで羽柴有利に見えますが、山岳戦というのは、どう転ぶかしれない可能性を秘めているのです。山の地形をうまく使った方が勝利する。秀吉はそれも分かっていたのでしょう、軍勢の数に甘えることなく、地勢を熟知し、柴田方の来襲にそなえて怠りなく土塁なども築いていました。

賤ヶ岳の勝利を見ると、「山を制する者は戦国を制す」と感じますね。(談)

参考文献/『地図で読み解く 戦国合戦の真実』(小和田哲男監修 竹内正浩著)


聞き手/砂原浩太朗さん(歴史・時代小説家・51歳)

昭和44年生まれ。平成28年、前田利家とその家臣を描いた「いのちがけ」で「決戦! 小説大賞」を受賞しデビュー。近著に『高瀬庄左衛門御留書』 (第34回「山本周五郎賞」候補作品)、 『逆転の戦国史』がある。
※砂原浩太朗さんのデビュー作『いのちがけ 加賀百万石の礎』の文庫版(講談社文庫)が5月14日に発売されます。

※この記事は『サライ』本誌2021年6月号より転載しました。(取材・文/砂原浩太朗 構成/角山祥道 撮影/小林禎弘)

サライ6月号の大特集は『神々の山を歩く』です。立山、二上山、筑波山など歴史と文化が香る名山を紹介します。

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