セリフ付きの絵物語で人情、笑い、色恋などを描いた「黄表紙」はコミック誌だ

黄表紙
●体裁 中本型(美濃本二つ折り)
5丁(10ページ)を1巻として、通常2〜3巻(冊)で構成
●価格 1冊 6文(約330円)
●時期 安永期(1772〜81)〜文化年間(1804〜18)頃
写真の黄表紙のサイズは縦17.5cm、横13.5㎝(※判型は紙の産地や漉き方、裁断方法により多少の違いがある。)
『伊達模様見立蓬萊(だてもようみたてほうらい)』
「新吉原に店を構える耕書堂です。このたびはお読みいただきありがとうございます。幕を開けておりますが、ただいま絶賛発売中の絵双紙の名前をご案内しております。どうぞお求めいただき、お読みくださいますようお願いいたします」(意訳)
巻末は広告になっており、新版の書名が短冊に書かれ、桜の木にぶら下げられている。安永9年(1780)。国立国会図書館蔵

「黄表紙(きびょうし)」とは、その名の通り黄色い表紙で、1巻10ページ程度で上下巻2冊か上中下巻3冊で刊行されることが多かった。内容は大きく絵があしらわれ、画文一体となってストーリーが展開。現代のコミックのような体裁である。

そもそもなぜ表紙が黄色なのか。黄表紙を研究する棚橋正博さんはこう語る。

「黄表紙の登場の前に子ども向けの『赤本』、青年向けの『黒本』『青本』というジャンルが存在しました。表紙の色は時代による顔料や染料の変遷もありますが、黄色になったのはじつは色あせが原因です。青本は緑がかった色なのですが、色あせると黄味がかってきます。だったら最初から黄色にしてしまおうと、ウコンの染料を塗ったのが黄表紙なのです」

山東京伝による黄表紙『箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう)』の巻頭ページ。寛政の改革で出版統制を受けたが、京伝に新作を書いてもらった旨を蔦重が口上として述べている。寛政3年(1791)。国立国会図書館蔵

ヒット作は万単位で売れた

蔦屋重三郎(蔦重)や戯作者の山東京伝(さんとうきょうでん)などの活躍した時代が、黄表紙登場の頃と重なる。

「内容もそれまでの若年向けを主としたものから、大人向けに転換します。大人向けといっても、マンガのような作りで楽しく読めたので、ヒット作は万単位で売れました」(棚橋さん)

黄表紙というと山東京伝や朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)らの作品のような奇想の物語が知られる。いずれの作品にも通底するのが「うがち」という概念だと棚橋さんは語る。

「うがちというのは、被さっているものを剥がして中のものを見せるということです。それまで隠れていたものを明らかにすることで、『こういうことだったのか』と分かるわけです。のちに黄表紙は諷刺とか批評とか評価されますが、単に開けて見せただけのことです。その上で笑いがありました。言葉遊びやダジャレもあり、黄表紙は言葉の宝庫でもありました」

黄表紙ができるまで

手描きのスケッチが版木に起こされ、印刷物になる

最初に本文(ストーリー)と挿絵がラフスケッチ(手描き)の状態で起こされ(草稿)、紙の指定や要望もここで指示される。画工と筆耕により版下が作られ、版木師、摺師などの手により分業制で本が作られていく。以下は大まかな作業の流れ。

版下本〜校合(きょうごう)
版下とは木版を彫るときの版面の基になる文字や図柄のこと。作者からの原稿(草稿)をもとに画工が絵組みを描き、空白部分に、筆耕が本文や詞書(セリフ)などを浄書する。

彫刻
版下本の紙を裏返しにして版木に貼り付け、彫り師が彫る。版木には、堅い木板が適しているため山桜や柘植(つげ)が使われる。

印刷
完成した版木に、礬水引き(どうさびき・和紙に墨がにじむのを防止する加工)を施した和紙を当て、摺師がバレンでこすり印刷する。用紙代は出版費用の大半を占めるため、売れる部数を定め余分は極力摺らなかった。

製本
印刷されたものを5枚ずつの袋とじにし、はみ出しを包丁で切り揃え、表紙をかけ糸で綴じる。印刷された1枚を真ん中で二つ折りし、一丁オモテ、一丁ウラという。

販売
本屋の店頭をはじめ、行商、貸本屋などに流通し、読者の手に渡る。

自筆草稿(ラフスケッチ)
『竹斎老寶山吹色(ちくさいろうたからのやまぶきいろ)』(築地善交作・北尾重政画、1794年刊)の自筆草稿。本文と絵柄の要素が揃う。
完成品
画工と筆耕により図柄と文字が整えられ、読みやすくレイアウトされて一冊の黄表紙が出来上がる。

黄表紙は総合芸術だ

物語のなかにこれまで見えなかった世界を見て、読者は大いに驚き楽しんだ。多くの読者を惹き付けたのは、黄表紙が大衆向けの文芸に徹したことによる。

「とっつきやすく、文章も面白く絵も楽しい。いわば黄表紙は一種の総合芸術ともいえます」

黄表紙は安永から文化にかけての30数年間刊行され、その点数は約1800種にもおよぶという。1年で60種が出された計算だ。人気作は何回も摺られる、これが現在の「重版」の語源である。

今、読んでも充分以上に面白い奇譚、奇想の物語群

蔦重は洒落本作家の山東京伝の才能に惚れ、数々の黄表紙を書かせヒットを放つ。蔦重の期待に応え、京伝も常識をはるかに超えるストーリーで応えた。『箱入娘面屋人魚』では、浦島太郎が中州の鯉と不倫をして、なんと人魚が生まれてしまう。人魚はその後、遊女となり──といった奇想天外な物語である。絵柄を大きく配置し、文章も平易で読みやすくした。そんな読み物はそれまでなかったので、江戸の人たちはたちまち夢中になった。いや、江戸の人ばかりではない。現代の我々が読んでも充分に面白く、作者の想像力の果てしなさにあきれながらも、コミック感覚で楽しむことができる。

山東京伝 作・歌川豊国 画『枯木廼花大悲利益(かれきのはなだいひのりやく)』
浅草観世音に多くの庶民が祈願を寄せ、諸神仏は願いを叶える。虫のいい祈願と神仏の掛け合いが描かれる。このページでは、登場人物のセリフはマンガの吹き出しのようだ。
山東京伝 作・歌川豊国 画『箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう)』
人魚を女房にした平次が見物を集め大儲けしたと聞き、隣家の亭主は女房に鯉のぼりの胴体を着け偽物の人魚を捏造。しかし、誰も来ず亭主は女房を煙管で叩き悪態をつく。

黄表紙に並ぶ人気ジャンル。「洒落本」は大人の娯楽読み物

洒落本とは江戸の戯作(通俗小説)のひとつで、主に描かれるのは吉原などの遊廓での場面で、客と遊女の会話などを物語仕立てに展開していく。吉原の遊廓に親しみ、精通していた山東京伝は、その体験を洒落本に仕立て人気作家となっていった。洒落本のなかには遊興論などを述べたものもあるが、京伝の作品は人間味溢れるものであり、ストーリー性に優れていた。遊廓を舞台にした大人の読み物とされたが、江戸の「通(つう)」や「洒落」など、この時代の美意識を感じることができる。京伝の代表作に『錦之裏(にしきのうら)』『仕懸文庫(しかけぶんこ)』『娼妓絹籭(しょうぎきぬぶるい)』の三部作(1791年刊)などがある。だが、これらは出版統制令に抵触したとして、京伝は手鎖(てぐさり)50日の処分を受けた。

山東京伝 作・北尾政演(きたおまさのぶ) 画『客衆肝照子(きゃくしゅきもかがみ)』
『客衆肝照子』は京伝の洒落本2作目で、吉原にまつわる人々の職業や扮装を、自身の体験を元に活写(これは花魁)。北尾政演は山東京伝の別名。
同じく『客衆肝照子』。吉原に出入りする商人。腰に矢立を下げ、髷(まげ)には簪(かんざし)などを精緻に描く。
贈答用の袋も用意されていた。書名は勝川春章の『役者氷面鏡(やくしゃひもかがみ)』をもじった。

解説 棚橋正博さん(近世文学研究者・77歳)

昭和22年、秋田県生まれ。早稲田大学大学院修了。文学博士。帝京大学元教授。大河ドラマ『べらぼう』の時代考証を担当。著書に『山東京伝の黄表紙を読む』など多数。

【サライ2月号とじ込み付録】
超訳版『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』

取材・文/宇野正樹 撮影/五十嵐美弥 資料所蔵/棚橋正博

※この記事は『サライ』本誌2025年2月号より転載しました。

サライ2025年2月号は大特集『蔦屋重三郎が生んだ「出版文化」』

 

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