文/晏生莉衣
世界各国で外出制限や営業自粛が続けられる大変な時代を迎えています。これまで数回にわたり、新型コロナウイルスの感染拡大対策にとっても、社会秩序の維持にとってもカギとなる「共感力」について取り上げてきました。今回はまず、読者の方々にどれだけ共感力があるかをチェックしてみましょう。次の項目にあてはまれば「はい」と答えてください。
□ 自分が新型コロナウイルスに感染する可能性はあると思う
□ 疑わしい症状が出たらどのように行動すればよいか、だいたい知っている
□ 新型コロナウイルス対応には、医療従事者の役割がきわめて重要だと思う
□ 非常事態宣言中でも配達物や郵便物が届くのは、不便がなくて有り難いと思う
□ 自粛要請に従って、必要のない外出は避けるようにしている
□ 外出する際にはマスクをする
さて、どんな結果になったでしょうか? シンプルなチェックですが、「はい」の数が多いほど共感力が総合的に高いと考えられます。(チェック内容と共感力の関係についてよく知りたい方は、前回レッスンをご参照ください。)しかし、元来、十分な共感力があって、他者や社会への配慮ができる人でも、この非常事態が続く中では、様々な困難に対する不安や心配、怒りなどを普段以上に感じることが多くなりがちです。そして、そうした負の感情にとらわれてしまい、ふと、他の人に対する思いやりをなくしてしまいそうになったり、実際に思いやりをなくしてしまっている自分に気づいたり…… そんな経験は、緊張が続く今の私たちの生活においては、誰にでも起こりうることです。
今回は、そんな時に共感力を回復するにはどうすればいいか、レッスン3で紹介した SEL(Social Emotional Learning:社会的・情緒的学習)のエッセンスを取り入れた大人向けの「思考のヒント」をいくつかご紹介しましょう。
自分の中のネガティブな感情を解き放す
いつもはもっと人に対して優しくなれるのに、イライラしたり、意地悪になってしまったり。こうした状態は、不安やストレス、怒りなどによって、自分が持っているはずの共感力がブロックされてしまうことで引き起こされます。ですから、自分の中で大きくなりすぎてしまっているネガティブな感情をリリースする(解放する)ことができれば、閉じ込められてしまった共感力を自然と取り戻すことができるようになります。
また、共感力は自尊感情(self-esteem)にもつながっていて、共感力が高い人ほど、本来の自分とは違う行いをしてしまったあとで、自分が思いやりのないイヤな人間になってしまっているという自己嫌悪の念にかられてしまう傾向があります。でも、負の感情をリリースして共感力がよみがえれば、そうした葛藤からも解放されて、心の平和が戻ってきます。
共感力は、良好な対人関係や社会との関係を築くための前向きな態度や考え方ともつながっていますので、ポジティブシンキングで共感力を取り戻す方法を取り入れてみてください。次のようなシナリオから考えてみましょう。
○ たとえば、スーパーに行って、買いたいと思ったものが売り切れてしまっていたら、「買い占める人がいるからこんなことになる」とくやしがるのではなく、「残念だけど、自分が買えなかった分、自分と同じように、あるいは自分以上に必要としている誰かが買えたのだろうから、その人のためにはよかった」と考えます。その人のために自分の分を譲ってあげたのだと思えば、入手できなかった焦燥感は消えていきます。フラストレーションをためるのではなく、良いことをしたのだと自分をほめてあげましょう。
○ 外出自粛に協力して自宅でテレワーク中や休憩中に、近所の子どもの騒ぎ声が聞こえてきたら、「うるさいなぁ」と思うより、「ストレスは大人も子どももお互い様だね」と考えます。ストレスがたまる生活は、社会的経験が少ない子どものほうが、実はもっと大変なのです。うるさいのが近所の子どもではなく、家にいる自分の子どもだったら、なおさら、「この子もストレスを抱えて大変なんだな」と子どもの気持ちを察してあげましょう。そうすることができれば、イライラせずに優しく接することはむずかしくなくなります。
○ 外出できないストレスがたまったら、「家にいたことで、自分は今日一日で何人の人の命を救ったことになるのか」と、救ったであろう命の数を数えてみます。本来なら会社に行ったり、学校に行ったりすることで会う人たち、そして、一緒に遊びにでかけたり、集まって食事をしたりするような人たちと会わなかったことで、自分は今日、少なくともその人たちの命をウイルス感染で脅かすことはなかったと考えます。ずっと会えずにいる人たちとこの危機を乗り越えて再会し、「私はキミを守った命の恩人だよ」と言い合って楽しく時を過ごすことを想像しながら、無事に一日が過ぎたことをその日の終わりに感謝します。
ポジティブな考え方への切り替えがなかなかうまくできない時には、ちょっとした工夫をしてみましょう。共感力は英語でempathy(エンパシー)ですので、イラっと感じたら深呼吸をして「エンパシー」と自分に言い聞かせるように心の中で繰り返しつぶやきます。「共感力」とつぶやいてもいいのですが、こんな時にはおまじないのような響きになるカタカナ英語のほうが暗示的な効果が期待できます。「エンパシー」のおまじないを唱えることで、心の中に広がっていきそうになるネガティブな感情を意識的にストップさせて解放し、ポジティブモードにシフトするきっかけを作ります。家にいて家族の誰かがイライラしそうになったら、お互いに察して「エンパシー!」と声をかけ合って、ギスギスするのを避ける工夫をするのもよいですね。
もう一つのお勧めは、こうした日々の出来事を日記につけること。「自分はあの時、こうだったけど、(共感力を心に留めて)こんなふうに自分の対応を変えることができた」というように振り返りながら書き留めておきます。そうした体験を綴っておけば、世の中が落ち着いた時に、新型コロナウイルスという危機に直面する特異な世界の中で、自分はどのように問題に対応して乗り越えていったのか、後々になって自分を見つめ直してより良い人間に成長するためのヒントにすることができます。大人でも、何歳になっても、人は成長できるものです。
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大人が共感力を失わずにいることで、“stay at home” でなにかとストレスがたまりがちな家庭でも、家族との穏やかな時間が生まれやすくなります。次回は、子どもの共感力を育てるヒントを紹介したいと思います。
文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。