■始まった幼児虐待に、母は……

叱るときには、よく手を出していた。3歳の子どもにビンタをするなんて、やり過ぎじゃないかと母親は感じていたが、わんぱくな息子がそれで静かになるので、何も言い出さなかった。

そのうち、拳で息子の頭を軽く殴ったり、両足を掴んで床に上体を引きずったりもした。母親は、何も言わなかった。

休日、ふたりで出かけるときに、旦那は「邪魔な」息子をクローゼットの中に閉じ込めた。その扉を外から冷蔵庫で押え付けて、中から一切動かせないようにしていた。その様子を、たまたま旦那の友人が目撃したのだが、「いけるいける、大丈夫」と、旦那は軽くあしらっていた。

その妻、つまり息子の実母は、狭く真っ暗なクローゼットの中で、泣くことも許されずに恐怖に打ち震えている息子の姿を想像し、胸が強く締め付けられ、居たたまれない感覚をおぼえた。ただ、一時的に子育てから解放される安心感は、何ものにも代えられなかった。

やがて、母親も息子をクローゼットに閉じ込めてから出かけることが日常となっていった。夫の真似をして、やはり台所の冷蔵庫を動かしてきて、クローゼットの扉を押え付けて、息子の自由を完全に奪うための「重し」としていた。

■虐待は、子どもの将来の人生にまで影を落とす

ちょうど、旦那との間に男の子が産まれた直後から、そのような虐待が始まっていた。別れた元夫との子よりも、その新生児のほうを可愛いと思うあまり、無意識のうちに、上の息子を「排除」しようとしていたのかもしれない。

そして、夫と築く家庭に没頭するあまり、その家庭内で起きている出来事を「異常」だと気づく客観的な感覚が狂ってしまったおそれがある。

沸き起こった感情的ないらだちを、子どもにぶつけた一瞬によって、その身体だけでなく、心まで深くえぐられてしまう。

最も信頼したい存在である親から虐待されて育った子どもは、自分を肯定する力が削がれていき、何事も諦めてしまいやすく、自信を持てず、過度に攻撃的になったり、過度に卑屈になったりして、その将来の成長に暗い影を落とすおそれがある。

■児童相談所の職員と面会へ

ある日、その家を児童相談所の職員が訪問した。旦那の友人が、息子をクローゼットに長時間閉じ込めるという異常な「しつけ」を見かねて、児童虐待として通報したのである(なお、児童相談所への虐待相談ダイヤルは、全国共通の「189」番)。

職員は約3カ月の間、何度も粘り強く訪問を繰り返していた。しかし、旦那は面会を断ったり、居留守を使ったりして、かわし続けていたのである。

しかし、その妻、母親は覚悟を決めて、息子とともに面会することにした。逃げれば逃げるほど怪しまれると思ったし、繰り返し訪れる職員の根気に負けたからでもある。

内心、母親の鼓動は高鳴っていた。しかし、部屋を片付けて、都合の悪いものを隠せば、虐待なんてバレないとも思っていた。旦那のためにも、バレてはならないと考えていた。

後編に続きます】

取材・文/長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、記事連載や原稿の法律監修など、ライターとしての活動を本格的に行うようになる。裁判の傍聴取材は過去に3000件以上。一方で、全国で本を出したいと望む方々を、出版社の編集者と繋げる出版支援活動を精力的に続けている。

『裁判長の沁みる説諭』(長嶺超輝著、河出書房新社)

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